■デザイン、再び 2月27日(木)
店主は特に「先生」をもたないのですが、ワークショップ形式のレッスンがあると、できるだけ参加しているのが、栄美子・戸田・ロープ先生のレッスン。作品はもちろん、お人柄、そして、講習の内容がいいのです。
各個人のそれぞれの「自分の考え」と「やりたいこと」を百パーセント尊重してくださいます。それは、当然のことなのですが、実は難しいことでもあります。なぜなら、それぞれの個人にあわせて、その個人の考えをそれぞれ導き出し、かたちにすることを、レッスンする、ということですから。二十人生徒がいれば、二十通りのレッスンをする、ということなのです。たいへんです。
生徒も「自分がどうあろうとするのか」を徹底的に問われます。だから、いい加減に考えているとなにもできません。
昨日はその三ヶ月ぶりのレッスン日。でも、何もデザインというものができていない状態でした。うーーん、休みたい。でも、それも自分のためにはもったいない。とりあえず、行こう。
で、現場でデザインのイメージだけ、固めることができました。次回は、きちんと細部まで詰めていかねば何もできません。イメージと実際に作るものとはまだまだ落差があります。さて、どうなりますか。
しばらく、アタマのなかで三角や四角が舞っているでしょう。デザインはキルトつくりの過程のなかで、最も楽しく、また、難しい作業です。
■デザイン 2月24日(月)
今日も着物を解いていました。なかなかキルトのデザインは浮かばないものです。土曜日が「パッチワーク通信」の発売日で、今日手にしました。そして、何か、素敵なものはないかとページをめくりました。
だめですね。よそ様の作品を見るとこれもよし、あれもよし。でも自分の物ではないし、かえって自分のデザインを見失う。そんな気がします。
身の丈、という言葉がありますが、自分自身で考えて、自分に出来ることをやればいいのだとは思うのです。それなのに、「欲」ですね。なにか他の人にはないものを、と狙いたくなるのです。
そんなものではないと、知っているはずなのに。
自分に出来ないことは、出来ないし、無理をしても、作品にその無理が出る。 だから、やはり、自然体で。
素敵な作品は多々ありますし、それぞれのよさもあります。けれど、私は私のものをつくることしか、出来ないのです。
よそ様に学ぶことは謙虚に。
■掲示板 2月22日(土)
: 掲示板に書き込んでいただいた方たちがいます。とてもうれしいものですね。もつべきものはなんとやら、ありがたいことです。
皆様には色々なことでお世話になっています。感謝。
今日は何もしない一日でした。それもまたよきかな。昨日ほどいていた着物を何にしようかと思案しています。紫色の鮫小紋です。綺麗なものなので切ってしまうのももったいないような気がします。
キルトは布を小さく切ってしまいます。それで、布が生きればよし。しんでしまうのでは、悲しいです。
もう少し、思案、でしょうか。
■三日目 2月21日(金)
今日でオープン三日目。といってもお客様はゼロ。それはそれでありがたいかも。というのもまだまだ商品をそろえている状態なので、何かと足らないものだらけなのです。
まあ、のんびりゆっくりやらせていただきます。おつきあいくださいませ。
今日は着物をほどいています。これもまた、何か[モノ」になるでしょうか。
■Open 2月18日(火)
昨日は暖かかったのに、今日はとても寒い一日でした。
それでも明日は雨水です。
そして、お約束の雨水を一日前に、本日「quilt-結」が無事にOpenさせていただける運びとなりました。
内容としてはまだまだ満足のいくものではありませんし、商品についてもこれからどんどん増やしていくつもりです。
とりあえず、お店の柱が立ったところでしょうか。いえ、まだそこまでもいってないでしょう。
パソコンを生まれて初めて触ったのが去年の10月の終わり頃でしたから、かなり無謀な試みでしたが、何が大変なのかすら知らない、というのが強みとなって、突っ走ってしまいました。今後もパソコンのことを初め、いろいろと勉強しながら、この小さなお店の店番をしていきたいと思います。皆様に支えられて、「quilt-結」はあるのです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
こんなもの、が欲しいとか、創りたいものとか、お手伝いできることがありましたら、どうぞ掲示板やメールでご連絡くださいませ。
出来るだけご要望にお答えしたいとおもいます。
、いらっしゃいませ!!
そして、どうぞよろしく!!
、
■作業 2月12日(水)
お天気が悪くなりました。ものすごく寒いというわけでもないのですが、雨というものはこの季節、寒く感じます。
もうじき、雨水という二十四節期のうちの一つがめぐってきます。立春も過ぎて、暦の上ではもう春、なのです。
雨水如月には「quilt-結」を0penの予定です。
それなのに、作業はなかなか遅々として進みません。何かと重なるときには重なるもの、おまけに店主はパソコンの勉強もしながら、でございます。
開き直って、ま、しかたないさ、とは思うものの、こんなマイナーなサイトでものぞいてくださっている方がいるかも知れない、としこしこ、やっております。
あと、一週間。
何かと不手際もあるかもしれませんが、がんばって0penさせますので、お待ちくださいませ。
■作品展のおしらせ 2月10日(月)
キルトスタジオ布細工を主宰されている、小山典子先生より、作品展の御案内をいただきました。今日からです。お近くのかた、御興味のあるかた、是非お出かけ下さい。
■アメリカン・キルト 2月9日(日)
今日は東京日本橋三越でのアメリカンキルト展の最終日となります。今日まで何かと都合が付かず、行きそびれておりましたが、何とか出かけることが出来そうです。楽しみにしています。
キルトの原点というのは、何もアメリカン・キルトというわけではなく、世界中、どこの国でも民族でも、何らかの形で、キルトやパッチワークをやってきています。日本では刺し子などもそれにあたるでしょうし、韓国のヌビ、インド・バングラデシュのカンタ、は、先日の東京国際キルトフェスティバルでも見ることが出来ました。また、アメリカに移民を送ったヨーロッパには各国でアメリカン・キルトの原型を残しています。
しかし、それでもアメリカン・キルトにはキルトの歴史のおおきな部分があるのです。パターンというものを、名も無い庶民の女性達が生み出してはそれに名をつけ、意味をもたせ、一種の言葉としてさえも、通用した。そのパターンによって、経済的な自立を果たした女性もいた。奴隷解放のヒミツの合図でもあり、政治的な立場を明らかにするものでもあった。女性の歴史においても、重要なファクターとなったのです。
アメリカン・キルトの幾何学的なデザイン性とその匿名性に注目していたのは、キャンベルスープ缶の絵で有名な、アンディ・ウォホールです。コンテンポラリー・キルトだけが、芸術的なのではない。トラディショナルなキルトには「現代美術」に通底するものがあると、彼は言うのです。
店主はコンテンポラリー・キルトを好みますが、それとは別に、やはり、トラディショナル・キルトの持つ「力」にも敬意を払いたい。
三越ではどのようなキルトに出会うことが出来るのでしょうか。
■えーご 2月7日(金)
今日「Quilter」というアメリカの雑誌が届きました。もちろん、全文英語で書かれております。
店主は英語は苦手です、というより、出来ません。でも、キルトの雑誌を眺める分には写真と単語拾い読みで、何とか面白そうな写真の頁は眺められますから。
しかし、今度の「Quilter」にはcompetitionの発表がありました。
ハスクバーナミシンがスポンサーとなるコンテストには毎年テーマがあります。今年のテーマは「Masterpieces:
Spirit and Strength」とありました。???パソコンには翻訳ソフトも付いております。で、翻訳して、と頼んだら、パソコンは「傑作、魂、力」と答えました。余計にわからない。で、人様に尋ねてみました。お答えは「本物:
精神と力強さ」
うん、これなら何となくわかる気がするけど、範囲が広い。
スライドでの締め切りが六月一日なので、間に合わないかも知れませんが、ちょっとがんばってみようかな。
皆様、コンテストへの応募はいかがでしょうか。
ちなみに五月にはAQSのコンテストも締め切りです。こちらはパデューカでの開催。
いやいや、やはり店主には「キルト 結」が先でしょう。どちらにしてもentry formもえーごだし、とても書けない様な気がする・・・えーごはキルトより大変です。
■ニンゲンドック 2月5日(水)
一泊の人間ドックに行ってまいりました。結果は二週間後ですが、やはり少々やせましょうね、とやんわり言われました。<笑>
ドームの疲れがひょっとしたら数値として出てくるかもしれません。
しかたないですね。
それにしても、「ニンゲンドック」といういいかた、好きではないですねぇ。なんか、自分の体がまるで「単なる物」でしかないようで。
人間、肉体も精神も連動しているし、単に数値やデータだけで、健康か不健康かと言われるのもね。
ま、店主の年齢を考慮すると、そろそろカラダはガタピシいってもしかたないとは思っているのですが。
この検診で何かあるとしてもとりあえず生きてるし、ま、いっか。
一泊だったので、キルティング中のクッションを持って行きました。少しは進めたのですが、睡眠不足の身、針を落としてギブアップしました。ホテルの照明は暗いですし。
針はちゃんと拾いましたよ
今夜はキルトができるでしょうか。
■珈琲染め 2月3日(月)
キルトの祭典、延べ入場者数は約25万人。去年とかわらぬ人数でした。開催期間が一日去年より多かったので、実質は減少ということでしょうか。
東京ドームに珈琲染めの布を少しもって行き、店主の友人の店で置かせてもらいましたが、まったくといって良いほど売れませんでした。手染めであり、サテンのぬのを基本としてますから、どうしても単価は高めになりますし、作品の見本も無かったので、どのように使えば効果的か、わからなかったことも一因でしょう。
しかし、値段に関してはどうしても下げられません。これは、ぎりぎりの値段なのです。布をもつと安価なものに変えれば、もう少し値段を下げることはできるでしょうが、サテンというものの特性はなくなります。店主としては、サテンにもこだわりたいのです。
今日、新たに珈琲染めの布を一部に使ったポーチを作りました。ベースは黒のサテンですが、珈琲染めの布でピーシング。なかなかシックになりました。
明日より、東京日本橋三越のキルト展会場のキルトマーケットに出店している「アトリエしまの」の店でおいていただく予定です。
お出かけの折には覗いてみてください。
さて、店主は明日から一泊で人間ドックに行ってまいります。
絶対に、「体重を減らしましょう」といわれるでしょう。
はぁ〜<ため息>
■東京国際フェスティバル終了 2月1日(土)
とうとうというべきか、やっとというべきか、東京国際キルトフェスティバルが終了しました。
出店の皆様、展示の皆様、関係者の皆様、そして、来場者の皆様、お疲れ様でした。
今日はみなさん来年またお会いしましょうと挨拶をして別れて来ましたが、来年はどなたとお会いできるでしょうか。店主は来年もドームに行くことができるでしょうか。ちょっと不安。
さて、海外作家の作品について、ご報告すると申し上げましたが、そのままになっております。今日はそのこと。
一言でいうと、日本のキルトはまだまだ「表現」ということにおいて、海外のレベルに達しているとはいえない。海外の作家のキルトは仕事が丁寧であるということは当然の前提として、自分自身が何を表現したいのかということが、明確です。生活の中で日常的に使用されるキルトというものとは別のキルトが存在する。まず、そのことを意識しているかどうかが大きな差になっていると感じます。無論、日本のキルト作家が「表現」を意識していないわけでは無いのです。ただ、その「表現」が社会を指向しているかどうかという点においては、明らかに差があるのです。
美しい、ということだけでは「表現」は完結しない、ということを海外のキルトは教えてくれます。個人がキルトという「表現の形式」を通じて、「世界」に関わろうとしていることを感じます。
用の美という言葉があります。生活の中で、実用のものでありながら、あるいはそれゆえに洗練された美しさを生み出すものがあります。それもまた、「美」であり、「表現」であることには異を唱えません。さりながら、そこから踏み出した「表現」の手段としても、現代のキルトはあるのです。コンテンポラリーがすべてではありませんが、少なくとも、コンテンポラリーキルトという名を冠するならば、その表現の内容を追求する姿勢が欲しい、と思うのです。
自分自身はまだ「表現」のとば口にも立ってはいないと思いつつ、そんなことを考えました。
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