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■穂高松本行              3月30日(日)

 昨日、長野県は穂高まで日帰りで行ってまいりました。染色をしている方のところへ、布を求めて。

 購入してきたものは、手染めの泥染め、たたき染め、また、「松根土布」など。すべて、布としては少々高価なものですが、やはり、なかなか手に入らないものでもあります。これを何にするか。お値段を考えると、やはりバッグなどでしょうか。材料セットとして、皆様にお届け出来るようにしたいと考えております。
 この布を染めておられる方もとても布を愛しておられます。熱く語ってしまいました。

 松本では松本のキルターの方に連れて行っていただいて、「岳」という骨董屋さんにもよりました。着物地がすぐに使用できるように、洗われ、アイロンをかけられたものが、綺麗に整理されて並んでいました。このお店を利用できる松本の方が羨ましく思えました。
 ここのお店では珈琲も飲めます。骨董のそば猪口でいただきます。そしてなんと、二杯分あります。おかわりできるんです。珈琲好きの店主は大喜びしてしまいました。
 松本にいかれることがありましたら、ぜひ寄られることをお勧めします。わんこが一匹、お出迎えしてくれるのもご愛嬌です。(犬嫌いのかたはごめんなさい。でもとてもおとなしいわんこです)

 松本・穂高も、もう春です。行くことはできませんでしたが、わさび田も緑美しいことでしょう。駅の売店には花わさびが売られていました。


■さくら                  3月26日(水)

 東京は今日は良い天気です。遊歩道ではヒガン桜はすでにちらほらと咲き始めました。ソメイヨシノのつぼみも綺麗なピンク色。咲いた後はほとんど色がないような感じなのに、つぼみの時は濃い色です。

 日本人は桜をとても好きな人が多い。
花、といえば「桜」をさすようになったのは平安中期以降のこと、それまでは花といえば「梅」。
しかし、何につけてもまずは一杯、と宴の口実にもなりますが、美術・文学・音楽、さまざまな分野で桜はモチーフとなっています。「桜の樹の下には死体が埋まっている」とは梶井基次郎、「桜の森の満開の下」は坂口安吾です。そのような、妖しい雰囲気も桜はあります。

 一目千本の吉野の桜は修験者達が少しずつ植えて今の姿だそうですが、桜の寿命は結構短くて、一般的には百年くらいのものらしい。人の寿命とあまり差がないのですね。

 戦争のあれこれも個人ではどうしようもないのですが、しばし、さくらに思いを寄せて、春の一日が暮れます。

 さくら、さくら、というわけでもありませんが、商品の「いろいろ」にさくら袋をupしました。小さなものですので、イヤリングやピアス、ブローチなどをしまっておくのもよろしいかと。お作りになってみませんか。ただ、着物の古布を使っていますので、数が限定10セットしかご用意できません。お早めに。


 

■戦争と手芸              3月24日(月)

 戦争が行われています。世界中に反対する人々も多いものを。感情だけで反対しても仕方がない、という言い方もありますが、まず、感情として、「非戦」でありたい。

 なんだか、日記を書く気にもなれず、時間がたちました。

 キルトは南北戦争の折に、黒人奴隷の脱走ルートのサインとして、使われた歴史を持ちます。「レイルフェンス」のパターンのキルトが窓にかかる家では、「逃亡奴隷を次に送る」手助けをすることになっていたのです。

 9/11のあと、リベンジを叫ぶアメリカの人々の中に、黄色いキルトを掲げて「復讐せず」の意思表示としましょうと語った人がいると聞きます。「このキルトを窓に掲げてください。戦いに反対する意思表示として」そして、用意された何枚かのキルトは見知らぬ人の手から手へわたったそうです。

 単なる手芸に過ぎないかもしれないキルトですが、意思表示のツールでもあったこと。アメリカでは現在もそうであること。

 私達にとってのキルトは?


 

■日暮里                 3月18日(火)

 ♪春は名のみの風の寒さや〜  歌のとおりに寒い日。今日は友人から突然に誘われて日暮里へ。

 日暮里には有名な繊維街があります。(東京では有名です) 生地の問屋が軒を連ね、素人売りもしてくれます。そして、問屋ですから、当然、安いです。高いものも、安くなっています。お買い得商品は1メートル100円。

 ただし、定番のブロードやシーチング以外、次回に行ってももう無い、ということがほとんど。今ここだけ、の世界です。一軒の店だけ、ではありませんから、日暮里の端から端まで、歩きます。結構な距離になります。一軒ごとに店に入っては品定めをしながら、ですから。

 店によって、それぞれ個性があるのですが、今日のお目当ては友人の作品のバッククロスです。それと、私が探している打ちひも。店に入るごとに、生地の「私ってすてきでしょう」という声が、オデュッセウスを誘うセイレーンの声のように聞こえてきます。友人も私も生地フェチでは、人後に落ちません。しかし、ココロを鬼にして!

 ああ、しかし、友人は誘惑にまけて、100円の生地を購入。そして、「あれもいい、これも素敵!」わいわいと大騒ぎの二人。そこに、テレビショッピングの音声が聞こえてきました。「お買い得!! 本真珠ネックレス、たったの27,000円!!」 二人顔をみあわせ、「いらん。きれ欲しい、その分」「そのとおり!」「1メートル100円なら、270メートル」「そんなん、へやにはいらないよ」「そうかな」「いや、それよりもバック生地!!」「そうそう、忘れるとこだわ」

 そして、ドトールコーヒーで、ミシンキルトについて、話し込み、はや、夕刻となったのでした。布とたわむれ、布の話をするのはキルターの最大の楽しみですね。


 

■別離                   3月16日(日)

 弥生は別離と出発の季節です。卒業式、進学、転勤、など。新しい出発のためにある別離といえど、残るものは寂しいものです。

 今月の別れ。結婚により、遠方にいく若い人一人。転居のため一人。彼女たちは新しい生活のために別れていきます。その未来の幸福と可能性に、残るものは寂しくとも、乾杯。

 そして、どうしようもなく、もう二度とお会いできない別れ、もあります。友人のお父様が亡くなりました。友人を慰める言葉はありません。彼女の喪失は誰もうかがい知ることは出来ず、言葉はむなしい、と思います。ただ、充分に悲しみ、そして、また歩き出して欲しいと願っています。

 悲しみの中でも、日常はあり、季節はめぐる。今年の櫻、もうじきでしょう。


 

■遊歩道で                 3月9日(日)

 家の中ばかりにいては、ますますふくよかになるばかり??(もう、十分すぎるほどふくよかなので)というわけで、たまに遊歩道を散歩します。都会に暮らして、自然とはなかなか触れ合う機会が少ないのですが、遊歩道には植物が一杯。

 もう、春の匂い。沈丁花が咲いていました。梅の花も満開。やさしい香りが漂ってきます。もうじき、辛夷の花も咲くでしょう。桜も気の早い彼岸桜はちらほらと。つぼみは紅色をにじませて、ふっくらしています。地面が空の破片のような真っ青なおおいぬふぐりに覆われ、黄色いたんぽぽがそこここに開く春はもうそこまできています。

 それとともに、花粉症で悩む方々には、つらい季節まっただなかです。外に出るのも億劫になる方が多い。沖縄には「すぎ花粉症」は無いとのことですが、東京では年々花粉症を発症する人が増えているらしい。だから、春はきらい、とおっしゃる方もいらっしゃることでしょう。

 そのような方には申し訳ないのですが、やはり春の花々は手芸のモチーフ。遊歩道で、店主はつい、彼岸櫻にみとれておりました。


■安い                    3月7日(木)

 友人と吉祥寺に出かけました。街がどんどん変わっていきます。この間まであった店が、今日は百円ショップに変わっているのはざらにあること。

 今日もそのような店がありました。タオルの布巾が、12枚200円。ハンカチ1枚50円。綿入れの作務衣が1000円。といった調子。

 これでいいんだろうか。つい、そう思います。そのような値段で、品物を作っている人が生活できるわけもない。そして、そのような安い値段で買ったものを十分に生かしきって使うこともなかなかしない。「安かったから」と、いい加減に扱ってしまう。そして、ゴミにする。そんな風にはならないでしょうか。

 安いことは有難いことです。でも、最近のものの値段はなにか、違うという気がします。そんなに安い衣服やタオルがある反面、どこかのホテルでは1万円のサンドイッチを「おいしいから」と一日四十食のオーダーがある。

 何か変、だとは思われませんか?


 

■キルトジャパン賞             3月5日(水)

 あっ、今日は5日だ、と気が付いたときには、すでに遅し。東京・上野のキルトジャパン賞の展示会に行きそびれました。今日まで、だったのです。おまけに最終日は午後2時まで。

 海外の作家のものを直接に見るいいチャンスだったのですけれど。残念。

 と゜なたか、見にいらっしゃった方がいらしたら、感想をお聞きしたいものです。


 

■つるし雛                  3月3日(月)

 数年前の稲取のつるし雛を見に行った折の写真を見つけました。キルト情報のページにアップしましたので、ご興味のある方はのぞいてみてください。

 昨今は観光バスなどで、まわることもできるようです。河津の櫻も見ることが出来る時期です。観光客の誘致の素材として、つるし雛は活躍しているようです。人気の出るのは決してわるいことではありませんが、ただの流行で終わって欲しくないものです。


 

■弥生                    3月2日(日)

 二月は逃げるといいますが、本当にあっという間に三月になってしまいました。明日はひな祭り。みなさま、手作りの雛飾りなど飾っておいででしょうか。

 店主と、店主の妹のものであったお雛様は店主の妹の所にありますが、なかなか飾るまでいかないようで。彼女のところは息子ばかりなのです。小さいお雛様でしたけど、かわいらしいおかおであったと思います。

 雛飾りといえば、昨今伊豆稲取のつるしびなが有名になり、観光客をあつめているようです。店主も数年前に、急に思い立って、出かけたことがあります。特に観光ツァーで行った訳ではなく、その日の朝、突然に出かける気になったので一人で「踊り子号」に乗りました。

 稲取の駅前から海の方に向かってのびていく商店街のウィンドウにはつるし雛がいっぱい。町全体がつるし雛を、それもそれぞれの手作りのものをかざっているのです。なかには、えびもありましたし、布団セットや、ぞうり、下駄、隠れ蓑なんていうのもありましたね。しかし、昔からのものは少ないような気がしましたが、それには「お嫁に行ったら燃やした」ということもあったようなのです。

 そして、飾り物の一つ一つには意味がこめられています。ももは厄除け。薬袋は健康祈願。ねずみは子沢山とおこめにこまらないように。といった風に。昔、飾り物をよく作ったのは、漁師の家だったそうです。農家は一年中あれこれと仕事があり、なかなか細工物をする時間がとれなかったが、漁師はダンナが漁にでると、時間ができたから、だと、縁側で、てまりをつくりながら、おばあさんがはなしてくれました。そして、初孫のために祖母が手作りをするのが習いであったそうな。「孫がひな祭りの近くに生まれると大変だった。ひな祭りのあとに生まれると、楽だった」とは、そのおばあさんの言葉。

 つるし雛は全国でも何箇所か伝えられています。山形、福岡の柳川など。すべて、子供たちの幸福を願ってつるされました。

 今の時代、観光でつるし雛を見に行くのもいいのですが、つるし雛の意味をきちんと知り、それを伝え、そして、現在のわが子や、近所の子供たちの将来というものに自分がどのようにかかわるのか、を考えたいですね。そして、私達もつるし雛を作る技術と手法を伝えていきたいとおもいます。



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