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■世界で一番ふるいキルト  5月29日(木)

 キルトはいつごろ作られ始めたのでしょう。布はもろく長い時を越えることがなかなか出来ないので、実際のところはわからないのですが、世界中でキルトはずっと昔から作られてきたはずです。

 織物としての布が出現する以前から、縫うことはあり、動物の骨で作った針と指貫が発掘されているそうです。何万年か前の人々の暮らしの中に、まず、獣皮を縫うことが始まっていたのです。

 残存する最古のキルトは紀元前一世紀から二世紀のもので、シベリアの墓の底に敷かれていたものだそうです。これは渦巻き模様と樹や動物、そして格子の柄がキルティングされている、かなり高度な技術のものとのこと。

 ベッドカバーとして残るもので古いものは1395年頃のイタリアはシシリーのキルトがロンドンのビクトリア&アルバート ミュージアムに所蔵されています。

世界で一番古いキルトはいつ作られたのかわかりませんが、世界で一番新しいキルト、はあなたが今作っているキルト、ではないでしょうか。


■鏡台             5月28日(水)

 嫁入り道具というものも最近はずいぶんと変化してきているようです。道具というものは生活にあったものが使いやすい物ですから、当然のことでしょう。

 鏡も嫁入り道具の定番で、みなさま色々なものをお持ちのことと思います。かつては「姿見」と称して人の背丈ほどもあるような細長い鏡に小引き出しがついたものも多かったようです。また、私が結婚をした頃は三面鏡が多かったと思います。現在は横広の鏡がチェストの上についたものなども、よくあります。

 鏡は何のために必要か。化粧をするため、髪を整えるため。色々な用途があるのですが、かつての「姿見」や「三面鏡」は、着物を着るために必要な鏡でした。着物を着るのには後ろの帯結びの様子を見なければなりません。そのために長い「姿見」が必要だった。また、三面鏡は背中側を無理なく映し出してくれる便利な鏡でした。

 現在、着物を着る人も少なくなり、鏡は長細かったり、背中側を見たりする必要から解放されたのか、大きな鏡台はあっても、昔のような鏡台は少なくなりました。

 今日、嫁入り道具として持ってきた鏡台を「粗大ゴミ」として出しました。狭い住宅事情はなにか入れようとすると、なにかを出さねばなりません。仕方がないこととはいえ、少々残念でもあります。
それで、今日はこんなお話になりました。

 


■quiltとkilt          5月24日(土)

 日本語でキルトというとどちらのことをさすのでしょうか。手芸をする人ならば、当然quiltということですが、イギリスのことやスコットランドのこととなると、kiltということになります。

 kiltというのはイギリスのチャールズ皇太子が正式な礼装として着用する、スカートのようなもののこと。こちらのキルトも非常に歴史があり、そのタータンチェックは、日本の家紋のようにそれぞれの「家」をあらわします。一つの「姓」で表される日本の「家」ばかりではなく、「クラン」という「氏族」もあらわします。伝統的に色々なルールによって表現されていて、むやみにそのチェックを変えることはできません。
もともとはケルト族に伝えられ、スコットランドで発達していったものです。イギリスの皇太子の礼装である理由は、彼が「プリンス・オブ・ウェールズ」であることによります。ウェールズ地方はかつてケルト族の血を引く一つの王家であり、イギリスに統合されたときに、皇太子がそこの統治者となることになったからです。

現在でも何かのイベントのとき、結婚式や宗教がからむとき、クランに属する人々は、kiltを着用します。ラグビー、つまりサッカーの応援のときも着用するそうです。なにか情報はないか、と探したら、ありました。

 http://www.yomiuri.co.jp/sports/feature/daen/da20030503_01.htm

 キルトという言葉は日本語では同じ発音をしてしまいます。しかし、実はquiltとkilt、まったく別のものなのです。

 知人から「キルト」という本をいただきました。これはquiltのことですが、そのかたは「kilt」のことだと思われたそうです。

 手芸ばかりしている私達には、「kilt」のほうがなじみうす、ということで、ここでご紹介です。


■夕立            5月21日(水)

 昨日の夕方は夕立でした。雷も鳴るかなり本格的な夕立。このところ梅雨の走りのような天候が続いています。あまり、家から出かけることもありません。

 そして、ネットで色々なキルト関連のところをお訪ねしたりしております。みなさん、すばらしい。店主などはまだまだです。

 お店、ということに関しても「quilt-結」はなかなか商品の入れ替えもなく、お見せする仕方も変化がなく・・・反省しきりです。もう一度、気持ちを切り替えて、頑張らねば。

 夕立がやんで、さて、今日は晴れるでしょうか。


■・・・            5月18日(日)

 店主の友人達は、店主が『飲めない』ことがとても不思議なようです。一見、『飲める』ように見えるらしい。しかし、実はまったく『飲めない』のです。おまけに、我が家には『飲む』人間が一人もいない。

 アルコール類はないわけではないのです。「いただきもの」というものがありますから。しかし、まず、ほとんど飲まない。いちおう、壜の口が開いて、「味見」程度には「飲む」こともあるのですが、残る。

 今日、CAMUS V.S.O.P流しに捨てました・・・。

 つまり、今日は風呂場に続いて、台所の掃除をしていた、というわけです。


■掃除            5月16日(金)

 しばらくごたごたしていて、ただでさえ散らかしっぱなしの我が家なのに、ますますひどいことになっています・・・

 お風呂もいつの間にか『カビ』か゜・・・

 で、本日は午後から徹底的な風呂掃除とあいなりました。しかしまあ、この『カビ』というヤツ、どこにでもはびこっていて、タイルの目地をごしごしこすること一時間。カビキラーは最後の手段。タイルの壁も石鹸と湯垢でなんだか気持ち悪いのでぴかぴかになるまで、ごしごし。湯船はもちろん、手桶も椅子も何もかもごしごし。で、さらに一時間。

 はぁ〜疲れました。毎日必ず入浴の後にそうじをすればこんなことにはならないと、わかってはいるのですけどねぇ。「自動ふろそうじかべ」がないかしら。スイッチぽん、で、綺麗になるお風呂の壁。

 で、布の整理も、本の整理もせねばならないし・・・。ドラえもんか、コメットさん(ふ、古いかも・・)がお手伝いにきてくれないかしら。お掃除ロボットが開発されたとは聞きますが、まだまだ店主には「つかえない」でしょうし。

 掃除は店主の最も苦手とする家事分野でございます。


■リサイクル         5月15日(木)

 先日の木綿のお話に続いて、本日はリサイクルのお話などしてみようかと思います。ただ、現代のお話ではなく、お江戸のお話でございます。

 昔は衣類というものはとても手間のかかる生活必需品。植物を栽培したり、蚕を飼ったりして、まず原料を手に入れて、それを糸にする。そして、ぎったんばったんと機を織って、布にする。そして、またまたそれを形に縫い上げる。全て人の手がするワザです。一枚のきものが出来るまで、時間がとてもかかるもの。当然、大事にするわけです。

 で、リサイクルは当たり前。私達は着なくなった衣類を捨ててしまったり、着物もじきにパッチワークの材料にしてしまったりしますが、お江戸の時代はそんなことはいたしません。着物はまず、オトナが着て、それを着まわして古着に売る。古着は新品を買えない人が買う。または子供の着物に作り直す。そして、布団側にもする。というようなことは、容易に想像できること。

 その、古着屋さんなんですが、いったい誰がどのようにやっていたか、ごぞんじですか。

 実は江戸初期、鳶沢甚内という盗賊が江戸中を荒らしまわっていたそうな。その甚内、御用となったのだが、盗賊あらために協力を条件に命を助けられたとか。ところが、甚内、「盗賊は仕事がなければ絶えることはない」と幕府に交渉、吉原の近くに土地を払い下げてもらって、ココに元手下の盗賊に古着屋を出させたのだとか。それが、お江戸の古着屋の元祖。

 その後、リサイクルはどんどん盛んになり、幕府は古着屋を許可制にします。最盛期には江戸に3000人の古着にかかわる人間が商売をしていたのだそうです。すごいですね。

 着物は絹ばかりではありません。木綿も江戸中期までは高級なものでした。庶民は麻の着物が普通。それもなければ、樹皮の繊維を糸として織った物を着ていたといいます。ぜんまいのふわふわしたところも「綿」として、糸になったなんてご存知でしょうか。現代では『ぜんまい紬』というのは超高級品の反物ですが、かつては下層庶民が「ぜんまいわた」で布を織っていたのです。

 私達は着るということに無頓着になっています。流行には敏感ですが、その流行のものを作っている布がどのように作られているのか、また、捨てられる布にも鈍感になっています。布を縫うという単純な技術すら、一般的には忘れられようとしているかに見えます。

 キルトが少しでも、単なる手芸という枠組で考えられるのではなくて、「布の命」と私達の暮らしを考えるきっかけにもなるといいですね。


■木綿の話         5月13日(火)

 布のお話を少しさせていただこうかと思います。(日記のネタが今日はないので)

 私達に親しい素材に木綿があります。これは現在本当に「普段」の布として、たとえばこれからの季節には「Tシャツ」などとしても活躍してくれます。木綿の原産国はインドだと言われています。この木綿、現代では「涼しい」布として夏に良く使われますが、かつては「暖かい布」として冬場の衣服に貴重品として使われた・・ってご存知でしたか?

木綿が日本で栽培されるようになったのは、江戸時代と言われています。それまでの日本の布は麻か絹、あとは紙衣、獣皮、さまざまな樹皮の布。木綿というのは本来熱い地方で育つものですから、なかなか日本で育ちませんでした。ほとんどが輸入物だったのです。インドからの布が中国を経て、あるいはオランダを経て入ってきていました。その当時の縞模様をとうざんというのはその名残です。茶道の袋物などで今も珍重されています。

 この木綿なのですが、輸入されたりするほどのものですから、当然貴重品。往時は庶民のものではありませんでした。しかし、栽培が始まると次第に庶民の間にも広まっていきます。そして、その保温性が麻などより遥かに高い、つまり暖かいので、木綿織りの着物を許されなかった庶民は木綿糸で麻の着物に「刺し子」をします。びっしりと「刺子」をされた布は保温性も堅牢度も高くなりました。つくろいもののときも「刺子」をして使い続けたんですね。何重にも刺子がされた衣装が残されています。

 木綿は確かに空気をたっぷりと含ませると暖かいのです。お日様に干した布団のふっくらと暖かいこと。

 しかし、現代のわたしたちにとっては、夏の布。不思議ですね。インドのものであることを思えば、当然ではあるのですけれど。


■あとふたつ        5月10日(土)

 さて、今日の日記は昨日のお約束どおり、ホビーショーで店主が興味を持ったもの、キルトに関係するもののこと。

 一つ目。これは布で、既にご存知のかたもおいでだとおもいます。「釧路もめん屋」さん。こちらのお店は釧路にあり、以前は手芸全般を取り扱っておられたそうですが、ご主人が染められた生地が評判。結店主は昨年のホビーショーで初めて出会いました。(店主の作品にもつかわせていただいてます)

 シーチングなどの生地をむら染めでそめておられるのですが、単色のむら染めではないのです。一枚が約180センチ×90センチの物の中にさまざまな色が混然となって染められています。それが鮮やかな色ではなく、グレイッシュトーンで非常に落ち着いた色なのです。これを皆様にお見せできないのがちょっとくやしいです。色合いがとても素敵です。この布を使うと、キルトに表現の可能性が広がるでしょう。なんといってもキルトには「布は絵の具」です。

 この布、なんと、「温泉」で染料を洗っているのです。それで、アイロンをかけると少し温泉の匂いがします。ご主人の手は普通なら染料で荒れていてもおかしくないのに、つるつる。これも「温泉」で染めているから、だそうです。

 ご主人に「quilt-結」でご紹介させていただくことを快諾していただいていますので、そのうちに写真などでもご紹介できると思います。残念ながらホームページをお持ちではなく、「そのうちに」ということでしたが、ホビーショーの会場では大学生の息子さんがお手伝い中。きっと、彼がホームページを開いてくださるでしょう。(店主にはライバルですね。quilt-結もがんばらねば)

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 二つ目。これは新商品で、まだ店頭には出回ってはいません。京都の会社で「河口」というところが出す予定の品物で、商品名は「メモリーキルト」

 これはパソコンに取り込んだ写真やイラストをプリンターで直接印刷できる「布」なんです。以前から、パソコン画像を「転写紙」に印刷して、それを布に「転写」することは可能でした。ただし、こうすると画像は左右が反対になります。今回は反転しません。だって、直接布に印刷するのですから。

 記念の写真が反転するのは嫌じゃありません? 結婚の記念にとメモリーキルトを作ったら、花嫁さんの位置が逆、なんていうのは。今回の商品はそんなことがなくなります。

 おまけに印刷後の布が硬くありません。ということはキルトもやりやすい、ということ。

 キルトに写真を取り込むことはますます「普通のこと」になりそうです。記念写真を自分でデザインしたキルトにして、壁掛けにするのも簡単になっていくでしょう。これもパソコンの普及率の上がっている証拠でもあるでしょうね。

 ちなみに商品「メモリーキルト」の価格はA4の大きさ二枚で1200円です。少し高く感じられるかも知れませんね。でも「転写紙」が同じ大きさで1000円くらいですので、そんなに差は無いと思います。

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 今日はキルトの商品を二つご紹介。そのうちに「quilt-結」でも取り扱えるといいな、と思っております。


■ホビーショー当日    5月9日(金)

 昨日から東京ビッグサイトにおいて、「日本ホビーショー」が開催されています。明日までですが、店主は本日行ってまいりました。

 毎年のことではあるのですが、人・人・人の波。ものをつくりたいと思う人、それに関係する人が多いことに驚かされます。そして、毎年新しいホビーの提案があり、消えていくものがあり。

 今年店主が興味を持ったもの。キルトに関係ないものが一つ。そして、キルトに関係するものが二つ。

 キルトに関係しないものとは、「高知県安芸郡馬路村」の「かなば」というもの。これは、馬路村が作っている杉の間伐材を利用して作られている杉を薄くスライスしたもので、網代に編まれた天井などに使用するものの残余をクラフト用に開発したとのことでした。材料としてはホビーの分野では「エコテープ」という紙製のテープが先行していますが、「かなば」は杉板スライスそのままのもので、より「自然」を感じることが出来ます。何より、店主が楽しく感じたのは提案しているのが「馬路村役場」を筆頭株主にして設立された(株)エコアス馬路村という会社で、東京で一生懸命活動している人たちがみな若い人たちであること。本当に元気一杯という感じでした。21世紀、自然との共生を語ってそれを仕事とすることに若い人が挑戦しているのも素敵です。応援したくなりました。

馬路村のサイト http://www.inforyoma.or.jp/umaji/

皆様も一度覗いてごらんになりませんか?

 あと二つの、店主が興味を持ったキルトに関係するものとはなんでしょう? この二つについては明日お話いたしましょう。


■ホビーショー       5月6日(火)

 5/8,9.10日と、東京ビッグサイトで日本最大のクラフトフェアと銘打って、第27回「日本ホビーショー」が開催されます。編み物、刺繍、キルト、ビーズ、といった、手芸関係に留まらず、ハンドクラフトに関することなら何でも、といった感じの展示会です。

 毎年、出かけているのですが、その年によりホビーの傾向が変ります。キルトはもう、バブルの頃の華やかな位置を失っているようです。女性の趣味としては数年前から、ビーズが脚光を浴びています。また、銀粘土などもますます人気はあるようです。どちらも「自分のアクセサリーをつくる」という点で共通しています。そしてまた、「時間があまりかからない」ということも重要です。

 また、縫うことに関連して言えば、最近は「自分の洋服」をハンドメイドすることも流行のようです。これもまた、「経費が安くて」「そんなに時間がかからず」「自分のもの(あるいは家族の) になる」「人に見せることが出来る」という点が受け入れられている理由では無いでしょうか。

 ではキルトは?

 一時期、「キルトの最盛期は過ぎた」と考えていました。確かにバブルの頃のキルトブームのような、華やかな時期は過ぎました。しかし、よく見ると、「生活の中」にキルトは根付いていて、もう、「趣味」としての土台はしっかり固まっています。日本のキルトにとって、フロンティアの時代、根付きの時代を経て、次の時代が始まっているようです。

 ハンドキルトは確かに時間がかかるものですが、ミシンキルトの自由さとスピード性が最近は日本でも喜ばれるようになって来ました。ミシンの販売も増えている、と聞きます。家庭用ミシンの種類も多くなりました。キルトの可能性を探索するひとは、次第に増えることでしょう。

 キルトもまだまだ健在です。今年のホビーショー、どのようなキルトの可能性を感じることができるのか、期待したいと思います。出来れば、今年も一度はホビーショーに出かけてみたいものです。


■高い            5月5日(月)

 娘の飼っているフェレットの体調が思わしくない、と娘が獣医に連れて行きました。「フィラリアの予防薬もいるし」ということで、いつも行く獣医さん。こちらは日曜祝日関係なく、年中無休です。

 で、フィラリアの薬八か月分と胃腸薬、血液検査などなど。しめて14,000円也。たかーーーい!と、いう人間にはペットを飼う資格は無いそうで。←獣医さんのことば。動物には人間のような「健康保険」はないですけれどねぇ。

 というと、「健康保険」はあるのだそうです。でも、保険料も、「高い」

 ペットは確かに「癒し」てくれるのですけど、こんなときは「胃が痛くなる」と娘は申しております。確かに。

 体調不良の原因は、娘の友人のお土産らしい。フェレットさん、お願いだから、「八丁味噌味プりッツ」なんて、おやつにしないでくださいませ。あなたがプりッツ一本食べると、ウン千円かかるんですぅ〜。そして、娘よ、フェレットの届くところにおやつを置かないように!

 え?母も布をそこらに置くな、って? わかってはいるんですけどねぇ<苦笑>


■キルト            5月4日(日)

 キルトを知って、もう三十年になります。自分で縫い始めて二十年ほどでしょうか。どうして、こんなにキルトに魅入られたのか、今でも良くはわかりません。

 初めてキルトを見たのは京都でした。その日、妹と私は院展を見に出かけたのでした。絵を見るのは私と妹の共通の趣味でした。しかし、その年の院展はあまり、感動するものがなく、二人とも疲れただけの展覧会でした。会場を出てすぐ隣にもう一つ美術館があります。そして、そこに地味な装いで「アメリカン・パッチワーク・キルト」というロゴがあったのです。

 キルトというものが何であるのか、パッチワークというものが何であるのか、その当時の私は何も知りませんでした。しかし、院展に少しくたびれていた私と妹はその展覧会に入ってみることにしたのでした。当時妹はテキスタイルデザインを仕事としていたため、その関連があるかもしれないという思いでした。

 入ってみて、驚きました。そして、思わず涙するほどに感動したのです。そこにあったのは「無名の」女性達が作り上げた、「近代的な」デザインの数々。

 女性だからという理由で美術の世界から遠ざけられた女性は多い。女性には美術は向かないともいわれた時代があるのは美術史を少し見ればすぐにわかること。女性は「生活」というシャドウワークに追いやられて久しかったのです。一部の特殊な女性だけが、近代美術の世界に名を残しています。

 でもキルトは無名の女性達が、生活の中で表現するアートでした。それを私はそのとき初めて見た「ジョナサンホルスタイン夫妻のコレクション展」で知りました。当時、資生堂が招聘した、ニューヨーク美術館での展覧会でした。

 私はそれ以来、キルトを見つづけて来ました。そして、色々なことも学び、自分でも「表現」としてのキルトをつくりたいと願っています。まだまだキルトに関し、知りたいことは多い。そしてつくりたいと思います。

 母が亡くなってから、自分の時間というものを考えるようになりました。私の残り時間もそんなには無いでしょう。何が出来るのかわかりませんが、少なくとも、キルトに関することは続けていくのだろう、と思います。

 五月になり、topの作品を変えました。「五月の庭」というタイトルです。これはチャームキルトというカテゴリーに属し、484枚の布のうち、同じものは一種類を除いてありません。483種類の布を使用しています。一メートル四方ですから、そんなに大きいものではありません。

 私の好きな、黄緑色のボーダーをつけています。黄緑はたいていの色にアクセントとして効くので、好きな色です。


■なにかと           5月2日(金)

 母のことで色々と事務的な作業をしています。人が一人亡くなることで発生する事務のなんと多いことか。そして、なんと煩雑なことか。充分に母の死について考えたり想ったりすることもできません。
そして、今日は年金受給の停止手続きに行ってまいりました。そこで遭遇した腹立たしいこと。

 年金の受給停止の手続きには社会保険事務所に行かなければなりません。おまけに「事由発生から14日間の間に手続きをしてください」とのこと。母は千葉に在住しておりましたから、まず住民票のあった区に電話をしました。そこで、「○○の社会保険事務所にお問い合わせください」

 で、「○○社会保険事務所」に電話。事情を説明して、「郵送ではできないのか」と問い合わせをしました。すると「用紙を郵送では渡せないので、来て欲しい。」とのこと。仕方が無いので、必要書類を問い合わせると「届出者の認印と本人の住民票の除票」とのこと。あとは事務所に用意されている用紙に記入しなければならないという。おまけに受付時間は短くて、午前中は9:00〜10:30、午後は1:30〜3:00までだという。午前中は間に合いませんから、午後2:00頃着くように出かけました。

その○○社会保険事務所は駅から遠いのです。で、タクシーを使ってでかけました。最寄駅より片道820円也。そして、事務所に入って驚きました。待ち人数が57人です。時間はもう2:00を過ぎています。3:00が締め切りだとすれば、間に合うのでしょうか。

まず、相談内容を書かされました。(相談ではなく、『届け』だと思うのですが、かかされました) 私の住所も記入しました。そして、待つこと約45分。予定より早かったので担当者に「早いですね」というと「しっ!」「死亡の場合は順番を早くしてるんです」? よくわからないが、手続きが簡単なのか、と思ったのでそのまま、問われることを答えたり記入したり。

で、書類を全て書き終わり、私の住所(東京都です)を見て、担当者は言ったものです。「届出者の所属する社会保険事務所に届けてください」

はあ?ココに来いといったのはそちらでしょう?電話で尋ねたときに母の住所が千葉だからとココに来いといったのでしょう?それに、受給の停止をするんですよ。他になにか欲しいといっているわけではない。私は死亡した本人が届け出ることが出来ないから、「代理」で届けているだけだ。それなのに、何で「届け出者の管轄の事務所に届けなければならないのでしょう。

しかし、埒か゜あかないのと、言いあいがめんどくさくなったのとで、「郵送」を交渉。それはしぶしぶOKで封筒はくれましたが、郵送料まではくれない。で、「ココに来たタクシー代が無駄でしたね」というと、何と「母親が死んだのなら、千葉には用事があるはずだから無駄じゃないでしょ」だと。

なんと失礼な。これが国家公務員の仕事ぶり。つくづく情け無い。充分な説明も無く、無駄足を踏ませたことに対する謝罪はなし。おまけに何と言うせりふ。説明不十分を責めると「私が言ったのではない」という。そりゃそうかもしれませんよ。しかし、相談内容を書いた時点でも私の住所もわかっているはず。内容もわかっているはず。そこで、待ち時間だけでも節約はできた。それも関係ないという風情。「それは書いてもらうことがきまりですから」あんぽんたん。書いたものを読んで理解して、作業の円滑を図るのはあなた方の仕事でしょう。

というわけで窓口で口論したのですが、「カエルの面になんとか」状態。で、余計に腹が立つのでばかばかしくなり、こんなことはさっさと済ませるに限る、と道路の向かい側の中央郵便局から「東京の」社会保険事務所に書類を送ったのでした。

しかし、腹が立ちます。人を馬鹿にしているとしか、思えませんでした。