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■モノの思想              9月25日(木)

 政治の世界はあいも変わらずかしましいようです。誰がどうした、どこが離れた、くっついたと。なにがどう変わったのか、見えないのですが。

 政治、教育、思想、文化といった「大状況」というものとは別に、人の暮らしの底辺で、なにかが確かに変わり、その変化はある意味ではそんなにたいしたことではないのだけど、時間というフィルターを通すと、そこに見えてくるものは存外に「状況」の変化と意識の変化をもたらしたという事実だったりします。そして、その底辺の意識の変化が変わらないと、なかなか物事が変化しないものだったりもします。

 私達は今「既製品」の服をあれこれとチョイスして「流行」や「自分らしさ」の表現をしています。それが「普通」のことです。しかし、既製品の洋服が「普通」に手に入れることができるようになったのは、たかだか30年ぐらい前のことです。それ以前は、洋服というものはオーダーするか、家庭で縫うものでした。いや、セーターも着物も同様でした。子供服などは当然母親が縫うものでした。

 今では洋服を縫うことは「趣味」になっています。この変化をもたらしたものは、「工業化」と「高度成長」「経済」ですが、そのために失われたものもあります。

 その一つはリアルさでしょう。そしてもう一つは暮らしの技術。

 今その復活を願う人々が多いのですが、それはどこか違う、と店主は思います。進歩するニンゲンと言う図式では


■横浜確定               9月21日(日)

 キルト結は横浜キルトウィークに、キルトハウスめいぷる、キルトシェスタという提携のキルトショップとともに出店いたします。キルトハウスめいぷるさんは、すでにキルト結で型紙の販売を扱わせていただいています。可愛いキットなどがあります。今回横浜での三店の代表者でもあります。<横浜での店名は『キルトハウスめいぷる』になります>キルトシェスタさんは主に製品を販売することになりました。大島のスカート、藍染古布のベスト、また、カラフルなポーチやバッグもあるとのこと。

 さて、キルト結はどのようなものを出品させていただくか。現在の予定は和物中心にするつもりです。古布のバッグやポーチのキット、和風のスプールスタンド、お正月もの。また、お細工物のキットも少々。もちろん、珈琲染めの布も販売します。

 横浜では一メートルカットのアメリカンコットンの販売もいたします。かなりお安く御提供できるめどがたちました。新柄のクリスマスコットン、アメリカンのむら染め、そのほかのプリントもの<これも新柄が主です>安いからと言っても、全てA級の品物です。決してランクが下の物ではありません。絶対にお買い得。

 これから横浜に向けての商品を製作にかかります。皆様、ホームページではなかなか品物の更新の無いキルト結ですけど、横浜は乞うご期待。是非お立ち寄りください。ブースはA-30番です。

 店の名前は『キルトハウスめいぷる』です。くれぐれもよろしくお願い申し上げます。


■はぬい衣装           9月18日(木)

 今日入っていた多摩地区のタウン情報誌に秋田の西馬内盆踊りについて書いてありました。盆踊りは旧盆の8月にすでに終わっているのですが、この盆踊りを東京でも教えるところができた、というニュースです。踊り方が盆踊りにしては珍しく難しいのだそうです。また、県外では今まで教えるところは無かったとのこと。

 この西馬内盆踊りには「端縫い衣装」という着物を着ます。「端縫い衣装」とは、何種類もの布をパッチワークしてつなぎ、一反にして、それを着物に仕立てたものです。昔の人の布を大事にする気持ちだけではなく、この端縫い(ハヌイと読みます)には自分以外の人から頂く「思い」、「祈り」を共有する意識が秘められています。端縫い衣装を着るひとは、繻子の帯を締め、編み笠をかぶるそうです。そして、藍染め手絞りの浴衣でもいいそうですが、その場合は黄色の帯に赤のしごき、「ひこさ頭巾」という目だけ開けた黒頭巾に豆絞りの鉢巻といういでたちだとか。

 今、浴衣や端縫い衣装を縫うのは、ひとりひとりの踊り手なのでしょうか。それとも、専門の縫い子さんが縫うのでしょうか。

 「端縫い衣装」と子供達の「百徳着物」は同じ思いのラインにある着物。

 ミシンで雑に縫われた古着の振り袖を解きつつ、ぼんやりと端縫い衣装の赤い色を思い浮かべた午後でした。


■ハンバーガーと着物      9月15日(月)

 母は今で言えば「和裁士」でした。和裁を生徒を取って教え、また、呉服屋さんや、知り合いを通してよそ様の着物を仕立てておりました。それまでも着物の仕立てはしておりましたが、私が高校生のころに資格をとり、本格的に仕立てを始めました。「何十枚縫ってもまだまだとおもう」「縫い方の工夫は100枚同じ苦労をして生まれるものだ」などと言っていたのを思い出します。着物のみならず、なにかを人様に見ていただけるまでのものをつくること、あるいはプロになることは、水面下の白鳥の足掻きを必要とし、当然のことながら時間と修練が必要です。

 これは娘が教えてくれたホームページの日記に出ていた話ですが、和裁の学校に問い合わせで「何回か行ったら、呉服屋さんから仕事をもらえますか?」というものがあるそうです。どうしてこんなことを考えることができるのか、縫うことでお金を頂くことがそんなに簡単なことだと思えるのかが不思議です。その非常識さに唖然とするばかりです。第一、二回か三回で着物を縫うことができると思っていること自体がどうかしています。着物を縫うまでには一年でも難しいでしょう。浴衣を縫い、ウールの単を縫い、ウールの袷、絹の単、絹の袷、羽織、道行、半幅帯、名古屋帯、塩瀬の帯、袋帯、訪問着、紋付、留袖、比翼のし仕立てと、一枚ずつ縫ったとしても習いながらでは何年かかかる事と思います。

 しかし、これは「ハンバーガーショップで一回か二回、レシピを教わって、すぐに店に立ち、時給とはいえ給料をもらえる。仕事というのはそういうもの」だと思っている若い人が多いのだ、という事なのだそうです。

 なるほど。お金を稼ぐということは「自分の時間を売る」ということにすぎないのです。だから「責任」も「プライド」も「技術」も「カンケーない」と思っている。

 反対からいうと、「責任」も「プライド」も「技術」も「ものは値段が安いほうがいい、自分の時給は高い方がいい」という「感覚」に打ち倒されていくのですね。職人が生活ができなくなるはずです。

 ものにこめられた仕事について、見る目もないのでしょう。

あまりといえば、あまりの話。この話は↓にでています。

 http://www.geocities.jp/endohkun_22/kataru/ron.html

 同時に9月7日の日記で「子供達は洋服は・・」と書きましたが、店主はやはり杞の国の人では無かったようです。


■ヨウシュヤマゴボウ       9月13日(土)

 今年の夏は一ヶ月遅れだったのでしょうか。このところ真夏のような暑さが続きます。店主もクーラーは体に悪いと思いつつ、ついかけてしまいます。

 さて、この暑さのおかげで、庭の雑草の勢いがとまりません。ねこの額ほども無い庭とて、草むしりも暑いのでうんざりです。しかも、夏のあいだ全く元気のなかったやつが、ここにきてすこぶる元気がいい。雑草としてむしられてしまう運命なのですが、、雑草というのはニンゲン様の都合です。

 そして、雑草と言えども、染色関係の方にはいろいろと役に立つものも。これからですと、すすき、かるかや、それぞれに素敵な色を出してくれます。

 現在、庭の片隅で『ヨウシュヤマゴボウ』が育っています。これは「雑草」です。しかし、この実は実に美しい赤紫色に布を染めてくれるのです。ただ、染めができる、ということは、「洋服についたらおちない」ということでもあります。幼年時代のハンカチに染めた遊びを思い出します。ハンカチ以外のブラウスもスカートも赤紫に染めて、しかし、あれこれとやって見る事の楽しさ。

 このヨウシュヤマゴボウはしばらく庭で元気にやっていてほしいものです。紫の実がたくさんとれるようだったら、少しなにか染めて見ましょう。


■9.11                9月11日(木)

 もうじきあの時間になります。二年前、世界中が呆然と見ていることしかできなかった事件が起こった時間。あのときから、確かに世界のなにかが変わったのだと感じます。歴史というのは後から振り返ってあれこれと言うことができるけれど、「そのとき」にはなにかがわかるわけではないでしょう。あの時、ただ、びっくりし、何が起きているのかも理解できず、その意味などはましてわかりませんでした。今でも、「意味」などはわかりません。

 それでも、あのとき、世界が大きな音をたて、亀裂が走ったのは確かでしょう。

 9.11の犠牲者の方々に黙祷。同時に9.11の名のもとに犠牲となった方々全てに黙祷を。

 イスラエルとパレスチナ、イラク、アフガニスタン、東ティモール、リベリア、ボスニア、タジキスタン、キルギス、・・・世界は血と涙を流し続け、無力な祈りは空に消え、地上には無残で乾いた大地が無言のまま。

 記憶だけが、繰り返し、そのときを再現します。記憶すらない私は呟きます。

 「No more War」


■家庭科               9月7日(日)

 義務教育に家庭科ができたのは昭和22年。小学校においてだ。中学生は男子が技術科、女子が家庭科を必修だった。高校では女子のみ必修から現在は男女ともに必修となっている。

 しかし、家庭科は不運な科目だ。それは「受験」にはまず影響しない科目であり、被服や料理が得意であることは、たいして利益があることではない。せいぜい、将来のダンナとなる男を捕まえるために一時的に得意であることをアピールするために取り出される成績に過ぎない。「昔、家庭科の成績はよかったんだぁ〜」ちなみに男がこれを言ったとしても、何の利益にもならないかもしれない。いや、現代ではオンナを捕まえる手段になっているのか?

 そうなのだ。「料理ができない」男達も女達も、かつて小学校時代に卵焼屋ほうれん草のおひたし、カレーなどを作ったことがあるはずなのだ。「ボタンつけ」も「しつけぬい」も「まつりぬい」も「本返し縫い」も「半返し縫い」も、小学校の家庭科の教科書に載っている。全て「勉強」したのである。もっと言えば、編み物の表目・裏目、刺繍のサテンステッチ、アウトラインステッチ、これらも店主は小学生の時に習った。

 それが現在「特殊」なことになっている。「縫い物」は゜趣味゛だ。「料理」もそのうちに゛趣味゛という認識から出ないものになるかもしれない。現在でも「男の料理」などと言うのは「趣味」だ。それは生活そのものが「趣味」となっている時代には、当然の帰結かもしれない。

 家庭科から運針が無くなるかもしれないそうだ。それは「選択」する物になるかもしれないのだそうだ。

 「勉強」は必要なことをすればいい、のか?運針は日常の必要性を確かに失っている。

 私達の暮らしはこのようにして「モノを作ること」から遠ざかって行く。「モノをつくること」は決して「趣味」ではないというのに。

 そのうちに子供達は洋服というものは工場でどろどろの液体にボディを漬けると瞬時に出来上がってくるもの、だと思うようになるだろう。切り身のサカナが海を泳いでいると思うように。


■松本                 9月6日(土)

 今日は店主は珍しいことにテレビドラマを見ておりました。松本を舞台に、高校時代から続く友情をメインにした「白線流し-25才-」というドラマです。

 もう15年以上昔のことになりますが、店主は松本に住んでいたことがあります。美しい街でした。季節を肌に感じる街でした。

 夏は陽射し激しく暑いのですが、夕方になると暑さが引いてクーラーには無縁の暮らしでした。地蔵盆には「まつもとぼんぼん」の歌を歌って町内を練りあるく子供達。そして、お盆が過ぎてある日の朝起きて感じるのです。「今日から秋だ」と。秋は短いのですが、ななかまどの実が日ごとに赤くなり、銀杏が黄金色に輝いて、木々の葉をはいてもはいてもきりがない。柿の実を鳥達のために数個残して収穫し、霜月の最初の休みは「お菜漬け洗い」野沢菜をそれぞれの家庭が一冬分つけるのです。冬は長い。そして、当時はスパイクタイヤのおかげで、冬の町は汚れていました。毎日最高気温が氷点下という日が続きます。それでも、道路のつき当たりに見える爺ヶ岳は純白に輝き、空は限りなく真っ青でした。ダイヤモンドダストも経験しました。もうじき春、春もまた突然にやってきます。桜と桃とチューリップと連翹とスミレとタンポポとクロッカス、雪柳、辛夷、木蓮、もう花という花が全ていちどに咲いているのが春。それは二週間あまりで新緑にとってかわり、日々やわらかい緑が濃くなっていくのがわかります。そして、時はまためぐる。

 松本は都会育ちの店主が初めて経験した「自然」のある場所だったかもしれません。店主は子供達が幼い日々のいくぶんかを松本で過ごすことができたことを幸福なことだった、と今でも思います。幼すぎて、下の娘には記憶も無いようですが、それでもそう思います。

 「白線流し」というドラマの中身はちょっとセンチメンタルな「青春」をテーマにした物ですが、店主は松本という「街」、もういろいろと変わってしまった風景を見たいがために、2時間もテレビをつけていたのでした。

 おりもおり、松本在住の友人から電話がありました。
 また、松本を訪ねて見たいと思います。


■防災                 9月5日(金)

 9月1日は防災の日とて、まちのスーパーには思い出したように「防災グッズ」が並びます。レトルトの食品、乾電池、水、などなど。8月にはかなり大きな台風も来ましたし、災害の備えはひつようなこと。でも、それらの「防災グッズ」は昨日はすでに店頭から消えていました。一年に一度か二度、出てくるだけのものとして、普段の暮らしの中ではなかなか思い出しません。

 しかし、長持ちするこれらの商品は大事な物。少々買い足して、宅配便の準備です。半年前に買ったレトルト食品もつめます。海苔も、余っていたので入れました。そして、その送り先は・・・息子。

 このところ、不況の影響その他で、仕事がなかなかないとぼやいておりました。「昨日は鮭フレークでメシ食ったよ。」などと言われては、なにか送らねばと母親は思います。しかし、息子がちゃんとご飯を作るとは思えない。八百屋に行って青菜を買ってきておひたしを作ったり、煮物を作るとはとても思えない。なにかおかずになるものが欲しいし、ある程度長持ちしてほしい。ここで、レトルト食品が役に立ちます。

 レトルト食品も色々あるもの。カレー、クリームシチュー、中華どんぶり、うなぎどんぶり、パエリャ、おでんまで。

 店主はレトルト食品というものは自分ではほとんど使いませんが、一応「防災」のために買いおきはしているのですね。しかし、しょっちゅう「期限切れ」になる。長女などに叱られるのですが、「災害は忘れたころに・・」と。

 今回は息子の「金欠」という「災害」にその「防災グッズ」を使ったのでした。庶民には「不況」も「災害」です。

 これで、台所が少しすっきりしたかしら。