| ■良いお年を 12月31日(水)
今年も終わります。時間は続いていくし、人間の悲劇も喜劇も繰り返されるでしょう。それでも一年というひと区切りで、つぎの新しい一年を迎えたいというのは、一種の人間の「希望」なのかもしれません。
店主にとっても、さまざまなことのあった一年でした。そして、またさまざまなことに出会うであろう一年が眼前にあります。人との出会いの不思議さを思えば、できるだけ誠実にと思います。
わが良き友人知人の皆様、家族達、そして、このささやかなホームページを訪れてくださった方々、皆様この一年ありがとうございました。お力添えに感謝いたします。そして、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。喪中につき、新年のご挨拶は失礼させていただきますが、どうぞ皆様よいお年をおむかえください。
■催眠商法 12月26日(金)
本日は店主は所用で市役所へ。で、いろいろ済ませて、市役所の近くのスーパーへ久しぶりに寄りました。すると店頭でティッシュを配っています。ティッシュは便利ですから、頂戴いたしました。
するとティッシュと一緒に小さなカードが渡されました。そして渡してくれたおじさんが叫ぶのです。
「さあ、これで最後だよ!ただでサポーターをさしあげますよ!!」
ふむふむ。ただより怖い物はないのだが、このおじさんは何をどうしようと言うんだろうか。後学のために覗きに行って見よう♪
{ 「さあ、みなさん、紛れも無くただでさしあげる。買えとは言わないよっ!!」
ふむふむ、ということはサポーター以外のものを買えというつもりかぁ。あっ、これが例の催眠商法かも♪面白そう♪
で、店主はのこのこと人の輪に加わったのです。案の定、サポーターのことをあれこれ言いながら、この一団を別の場所へと移動させようとしている。で、みなさん番犬に囲まれた羊のごとく移動。一人ずつになんだかわけのわからん「社員」が付いて誘導していくのです。店主に付いたのはアジア系の女性。まあ、いいでしょう。面白そうだし。
途中で足の悪いおばさんが店主に話かけてきます。「私、以前にこういうので34万円のおふとん買っちゃったのよね。でも、今度は、大丈夫です、そんなことしませんっていうしね」
おいおい、おばさん、誰も「そんなことします」とは言わないよ。大丈夫かいな。と少々おばさんを危ぶむ店主です。
しばらく歩いて小さなビルの一室へ。中ではフロアに絨毯を敷き、靴を脱いで座るようになっている。
ふーん、簡単には出られないわけね。わざわざ靴はかなくちゃならんのは面倒だしねえ。
そこに登場する先ほどのおじさん。「ご苦労様でした。みなさんにはこのサポーターをさしあげる。今回は皆さんとっても素敵な笑顔。もう一つ靴下もつけちゃおうかなぁ。欲しい人は、はーいって言って」
「はーい」大合唱。
「はい。有り難う。みなさんこのサポーターはとても素晴らしい商品なの。で、みなさんに宣伝して欲しいのよ。いい?」
「はーい!!」
yesを繰り返させることで次にyesをまた言わせ易くするのかぁ、なーるほど。
「で、次に皆さんがこれを欲しいを思ったら、電話してね。お店はこの住所にあるんだけど、みなさんが一度にきていただいたりすると一杯になって困るでしょ」
おいおい、つまりそこには店も何もありませんよってことね。 しかし、従順な羊さん達は声をそろえて「はーい」
店主はただにこにこしていたつもり。しかし、そこでトントンと肩を叩かれました。ん?なんでしょ。
「おくさん、おくさん、足が痛いんでしょ。先にサポーター一枚あげるからこっちきて」
いえ、別に足が痛いわけではないんですけど。面白そうだったので・・・とは言わなかったのですが、そのまま、部屋の外へ出されてしまいました。
つまり、最後まで「催眠商法」を見届けることはできなかったのです。残念。面白そうだったのに。そして、あのおばさんは、今度は何を買わされたのかなぁ。少々心配ではありますが、ある意味「勉強してくださいよ。一度で懲りると言うことも必要ですよ」とも申し上げたい。
しかし、店主はそんなに<客>にならないように見えたのでしょうか。それとも<妨害される>と思われたかな。まあ、客になるつもりはありませんでしたけどねえ。そんなに怪しかったですかねぇ。<苦笑>
師走ぎりぎりになっても、こんな商売している人たちがまだいるんですね。ちなみに、サポーターはきちんと頂戴いたしました。もちろん、ただで。サポーターだけですよ。靴下は抜き。「素敵な笑顔」ではなかったようで<笑>
店主日記にこのところキルトの話題がありません。反省。
■ケーキ 12月24日(水)
娘がケーキを焼きました。久しぶりのこと。二種類焼いて、一つは失敗したようです。すでに娘と父親のお腹の中。味はよかったのだけど。
上の娘は小さい頃からなにかと作ることが好きでした。特にお菓子を作ることは大好きで、小学校の高学年からよくケーキやクッキーを焼いていました。クリスマスもバレンタインも誕生日も、すべてケーキを焼くための口実に過ぎないのです。シフォンケーキを焼くのが上手で、店主もよくシフォンケーキをオーダーしたものです。
それが、勤め始めてから、時間がなくてなかなかケーキを焼く機会がありませんでした。本当にしばらくぶりのケーキ。
しかし、これは家族のためのものではないらしい。会社に持って行くのだそうです。会社の先輩たちのためのものだとか。
その「会社の先輩」が、どうやらキルト結のサイトの手入れをしてくださるらしい。もう少し見やすくしてくださるとか。ありがたいことです。ケーキくらいでいいのかしら。
その方は「女性の先輩」だそうです。うーん、そろそろ「男性」の話もききたいのだけど。<笑>
■ちょっと写真展へ 12月21日(日)
近所(といっても電車に乗る距離ですが)の書店で写真展がありましたので、夕方の一時間ちょい、出かけてきました。
長倉洋海さんというかたの写真展。この方はアフガンのマスードを撮ったことで有名な方です。今回ももちろんマスードの肖像はあった。と同時に、アフガン、エルサルバドル、南アフリカ、そのほかの土地の子供達の肖像がたくさんありました。
http://www.h-nagakura.net/
戦火の下でも、子供の笑顔は可愛い。
その中の一枚に、手動式のミシンを抱えたアフガンの男の子の写真がありました。ミシンが足踏み式で無い理由は、足踏みのためのベルトがきれた時に、補充がないかもしれないから、と聞いたことがあります。彼らにとってのミシンはおそらくとても高価で大切な物なのでしょう。しかし、そのミシンで何を縫うのだろうか。
迷彩服を縫うのかもしれません。
電動式のコンピューター内蔵ミシンを使う店主は、キルトを縫うのですけれど。
■場所 12月20日(土)
山手線の電車の中で立ったまま、サンドイッチを食べている人を見ました。40歳代の女性です。かなり混んでいる状態の車内は、サンドイッチを持つ手の肘が隣の人に当たりかねない。女性は無言でドアのガラスごしに飛び去る風景にぼんやりと目をやりながら、コンビニで買ったとおぼしきサンドイッチをほおばっているのです。店主には異様な光景でした。
最近は、公共の場所とか、私的な場所という概念が崩れているとは聞きます。また、電車の中でものを食べたり、化粧直しをしたり、きがえたりするのを見た事がないわけではありません。しかし、何度見ても、店主には異様です。
若い人が満員電車の中で、髪にカーラーをまいたまま、立っているので、「取るのを忘れたのかな」と思っていたら、降りぎわに隣の友人と思しき女性に「どう?ちゃんと癖ついた?」と訊ねていました。「うん、だいじょぶ。巻けてる」
はたまた、空いているとはいえ、やはり電車の中で、正面に座っていた女子高生がくるくるとルーズソックスを脱ぎ始め、何をするのかと見ていると、電車の中でスカートの上からまたスカートをはき、下の制服のスカートを脱ぎ去った。
ただ唖然としている店主は「時代に遅れている」のでしょうか。
■クリスマス 12月19日(金)
最近店主はクリスマスには縁がないのであまり注意をはらっていたわけではないのですが、なんだか商店街などのクリスマスイベントの飾りつけが地味であるような気がします。そういえば、横浜キルトウィークでは、あまりクリスマスものが出ていないというお客様の声も聞きました。
家庭内ではいつもと変わらないのでしょうか。小さいお子さんがおいでのご家庭では、サンタがプレゼントを運んできてくれるのでしょうけれど。バブル期には「恋人たち」はシティホテルにお泊まりするのが流行りだったようですが、あれは今どうなんでしょうか。
もともとクリスマスは「日本人のイベント」ではなかったし、キリスト教の信者の方からは不謹慎な態度だったかもしれませんし、地味なのも、あまり騒がないのもむしろ結構なこと。
でも、この地味さが、「不況」のせいだったら?
横浜キルトウイーク、今年の入場者は約65.500人。往年は10万人。2/3です。まあ、東京ドームが1月にありますから、そのせいでもあるとは思います。東京ドームは開催期間が毎年延長されていますが、入場者総数は増えていません。大体24万人。次回はまた一日延長されています、おそらく入場者数は増えないでしょう。反対に減少する可能性もあります。
年金は制度に不安を残し、老後の趣味よ、などと言うこともできない状況なのだとしたら?
■磁力と重力 12月 18日(木)
大仏次郎賞という賞があります。おさらぎじろう、と言ってもわからない方には鞍馬天狗の作者といえばおわかりでしょうか。大仏次郎さんは、鞍馬天狗のような大衆小説以外に、「パリ燃ゆ」「ドレフュス事件」などの社会派ものも書かれた作家です。横浜に記念館があり、ねこを愛したことでも有名です。記念館にはねこにまつわる品も多々残されています。
今年の大仏次郎賞が決まりました。「磁力と重力の発見」山本義隆さん。
数式もアルファベットも大の苦手である店主です。こんなタイトルの本、普段なら目にもとめません。しかし、著者の名前に驚いた。ご存知であった方も多いのでしょうが、店主はこんなふうにお目にかかるとは思わなかったのです。
この人の名前に驚くのは50代を越えている証拠かもしれません。
元東大全共闘議長。日大の秋田明大、京大の滝田修、それらの方と共に、一種の伝説として語られてしまう存在になった人。すでに62歳。時は過ぎたのです。しかし、積み重ねられた時のはてでこの人はきちんと仕事をしていた。
70年代、学生運動が流行が移り変わるように消えてしまったかに見え、「もう若くないさと髪を切って」就職した人がほとんどだった。その人達は「企業戦士」に化けたかもしれない。そして、現在のこの国をつくった。ずいぶんといい加減なこの国の現在。
現在は常に過去の結果であると、いまさらながらに思うのです。そして、明日の過去は今日。今日一日が常に問題なのです。未来、明日というものは決して現前しないもの、存在しないものでもあります。うつくしい言葉ではありますが。
「磁力と重力の発見」覗いて見たいと思います。数式が苦手でも、読むことはできると、井上ひさしさんの評にありましたもの。
キルトには無関係に見えるかもしれませんが、店主にとってはそうではありません。キルトは70年代のアメリカにおいては、自国の文化の発見であると同時に、女性の力の発見でもあったのです。そのことは日本ではほとんど知られてはいません。単に「アメリカンフォークアート」「家庭ではぎれというリサイクルものを使ってつくられた美しいデザイン」という認識で紹介されましたから。結果として、現在の日本のキルトは「てすさび」の域を出ないことになりました。これもまた、過去の結果としての現在なのです。
■今日は今日とて 12月18日(木)
ただいま、午前0時をまわりました。18日になってしまった。しかし、まだ17日のような気分です。で、今日は店主はブラザーへ。これはゆびぬき展の打ち合わせ。
ブラザーへ出かける前に自宅にうれしい電話がかかってきました。長崎の方なのですが、「ゆびぬき展を見に行きたい。頑張って行きますね」と。
長崎からですよ!
そして、ゆびぬきをつくっているひさぎさんは札幌在住。ちいさなゆびぬきが日本の両端ともいえる場所に住む人の出会いを生むのです。素晴らしい事では無いでしょうか。
そのほかにも静岡の方、福井の方、全国の方々が注目してくださってます。ありがとうございます。店主もこの作品展をお手伝いできることをとても嬉しく思っています。
初日まで、あと26日。
■忘年ランチ 12月17日(水)
昨日は名古屋時代からの友人達と忘年ランチ。お料理を頂きながら、女の一番のごちそうは、やはりおしゃべりです。
話題が暗くなりがちなのは、店主の世代がある程度生きて、自分達が経験したものと、今、そして未来を比較するようになったからでもあるでしょう。もうすこしすれば「年寄りのたわごと」扱いされるのかもしれません。しかし、何故か悲観的な見方しかできないのは、年齢のせいばかりではありますまい。
最近は、「人間はものをつくって生きる動物だ」ということを実感できない時代になっています。仕事の場のみならず、「衣・食・住」のすべてにわたって、家庭もまた「ものを選択する」場ではあっても「ものを生み出す」場としての機能を失いつつあります。店主が関わるキルトもしかり。現代では「趣味」ではあっても、それ以上にはならない。それは「表現」という形は生み出すけれど、物としては「無くても困らないもの」
このような「必要なものを生み出す実感」から疎外されて生きることを余儀なくされる時代が、生き物としての人間をどこか狂わせているような気がするのです。
人は一度覚えたものを、思い出せなくても、無意識の内側では忘れないと言います。そうであればたとえ「趣味」としてでも、ものを作り出す喜びを伝えたい
。特に子供達に。キルトや手芸は、その手段の一つにならないでしょうか。
■any way 12月13日(土)
ANYWAY(でも とにかく)
人々は、道理に合わず、非理論的で、自己中心的になりがちです。
でも とにかく 彼らを愛しなさい。
たとえ、あなたがよいことをしても、人々はあなたを告発し、 あなたを利己的な人だとか、
秘められた野心を持つ人だとか言うでしょう。
でも とにかく よいことをしなさい。
あなたが成功して敵対者に打ち勝ち、マスコミにたたえられることもあります。
でも とにかく やり続けなさい。
あなたの長い努力が生んだよい実りも、人に無視され、 あすには忘れ去られるでしょう。
でも とにかく よいことをしなさい。
誠実・正直であるために あなたが傷つけられることもあるでしょう。
でも とにかく 誠実・正直でありなさい。
数年かけて、こつこつと築き上げてきたものが、 一夜にして崩れさるかもしれません。
でも とにかく 築き上げていきなさい。
人々は、ほんとうに助けを必要としています。
しかし、実際に手助けすると、責められることもあるでしょう。
でも とにかく 手助けをしなさい。
持ち物のなかで、一番よいものを人々に与えなさい。
面と向かって苦情を言われるかもしれません。
でも とにかく 持ち物のなかで 一番よいものを人々に与えなさい。
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人は宗教以外に「救い」を持てないのだろうか?
そう聞かれたことがあります。店主には答えられませんでした。店主は無宗教です。店主にそう問うた人もまた、宗教を信じる人ではありませんでした。
しかし、時に上記のような言葉が欲しいときもあります。上記はマザーテレサの言葉です。
■いろいろ 12月10日(水)
自衛隊のイラク派遣が閣議決定されました。このような時に「キルト」のことばかり考えていていいのかなどと思いますが、また、キルトによる意思表示というものがあったことをも思い出すのです。
9.11のあと、アフガン派兵に反対するために作られたのは黄色いキルトでした。「この黄色いキルトを窓にかけてください。派兵への反対の意思表示として。かけてくださるかた、希望するかたにはこのキルトをさしあげます」と地方の小さな町の反戦集会で一人の女性が言いました。そのキルトは瞬く間に誰かの手にわたり、そして、黄色いキルトを掲げることは「反戦の意思表示」となったのです。
日本でも「派兵反対」の意思表示をキルトによってすることはできないでしょうか。かつて、原子力発電所建設反対のためのキルトもありましたし、エイズの子供たちに贈るキルトの活動もあります。日本のキルターも、単に趣味としてのキルトではなく、キルトによる意思表示という方法を取ることはできないでしょうか。
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また、別のこと。
ゆびぬき作品展のマネジメントをしておりますが、いろいろな方面へ宣伝活動をしていると、人から人への繋がりが好意と誠意によってひろがっていくことを感じます。ありがたいことです。今日も、とある地方の資料館の先生から、東京の地方の物産や観光のアンテナショップの方をご紹介いただき、その方からまた、金沢の方に繋がり・・・明日はその金沢の行政関連の東京のデスクにお伺いします。
このような広がりには、作品展を開催する側として、良い作品展にすることで感謝の意を表すことがふさわしい。
皆様、作者のひさぎさんも最後の追い込みにかかっています。そして、店主もできる限り、宣伝し、見ていただくようにお願いし、黒子としてのあれこれも地道にいたします。どうぞ、この「加賀ゆびぬき作品展」が成功するように、お力をお貸しください。よろしくお願いいたします。。
■喪中葉書 12月8日(月)
11月の終わりから12月のはじめにかけて、喪中葉書が届くようになります。かく言う店主もまた、母が4月に他界しましたので喪中葉書を出しました。
若い頃には喪中葉書はあまり来ません。なんだか増えたと思うのは40歳を過ぎてからでしょうか。順送りの喪中葉書はまだ仕方がないと思うこともできますが、逆縁や配偶者を失った知らせを受け取った時には、言葉がありません。
今日も実は友人から配偶者を亡くしたとの知らせ。5月だったとのことです。子供はいないが仲の良い夫婦でした。夫婦ともに店主の友人でした。今思い出すのは、若かった頃の彼の笑顔です。ご冥福を祈るばかりです。
突然の訃報。もういつわが身に起きてもおかしくはないと時に思います。身の始末についても思案する歳かもしれません。藤原新也の新作が書店に並んでいるのを立ち読みしました。中に91歳の歩き遍路の話がありました。つれあいは歩き遍路をしながら、寺に泊まったとき、朝起きたら冷たくなっていた。それを誰にも騒がれずによかつたという老女。そして、毎日同行二人ではなく、同行三人として歩き続けているのです。朗々と御詠歌を歌い仏にささげながら。このような老境を迎えるのもよきかなと思わずにはいられません。
■ケナリの花 12月7日(日)
toppageのケナリの花は韓国に行ってしまいました。ケナリというのは和名では「連翹」といいます。春の花です。朝鮮半島の冬は寒い。その寒い冬が終わって明るい黄色が溢れると、韓国の方々は「春」を実感するとのことです。「日本で言うところの『桜』のようなもの」と教えてくれた人もいました。
その人と今絶交状態にあります。店主の言葉が足らなかったのか、誤解を生み、相手の方が一方的に縁を切ってこられました。残念です。しかし、半世紀も生きていると、理屈ではなく、感情でもなく、どうしようもないこと、ということもあります。そういうことの一つでしょう。人間関係は一方的なものではありません。相手あってのこと。
韓国から「ケナリの花」がラウンドロビンの次の一周をつけていただいて戻ってくるのは春になるはずです。本格的な冬が始まったばかり、春はまだまだです。韓国のどんな方が私の「ケナリの花」を持っておられるのでしょう。新しい出会いを運んできてくれるといいがと期待しています。
もう一つ、店主のキルトが出かけています。行き先は台湾です。作品は「秘情」<ひみつのページにかかってます。>こちらは台北での展示会に日本のキルトの一つとして求められました。店主以外に著名なキルト作家の方のものも行っているはず。光栄です。帰って来るのはやはり春になるようです。
■マネジメント業務 12月6日(土)
, リンクさせていただいている「しんぶるじゃぱん」のひさぎさんの作品展のマネジメントをしています。「友人」として、この作品展に参加できることをとても嬉しく思っています。
現在発売中の雑誌のいくつかには作品展の情報欄に載せていただきました。キルト関連では「キルトジャパン」1月号、「パッチワーク倶楽部」12月号、パッチワーク通信はまだ発売されていません。コットンフレンド、コットンタイム。そのほかにも「美しい着物」
そして、見開き2ページにわたる記事として取り上げて頂いたのは小学館発行の「和楽」という雑誌。1月号で、今日が発売日です。ここにはひさぎさんのゆびぬきに対する熱い思いも語られています。またもうすぐ発売される゜おしゃれ工房゛の手作り通信という読者のページの一隅に、ひさぎさんの言葉が載ります。これは12月15日発売の1月号。
これらの雑誌が「加賀ゆびぬき」を取り上げてくださったのは、現在の「和物ブーム」と「お正月という季節に合う華やかさ」「ものめずらしさ」といった理由でしょう。確かに店主はかなり積極的にさまざまな雑誌に、「記事にしていただけないか」「作品展情報を掲載していただきたい」とお願いの手紙を書き、メールを書き、電話もし、そして直接訪ねての依頼もいたしました。その努力がこのように多くのところで実ったのは、店主の力ではなく、ひさぎさんの「ゆびぬき」が持つ魅力のおかげです。掲載については全勝とは行きませんでしたが、お願いした雑誌の半分は載せてくださいました。
間近に迫ってきた作品展のために、あとひと踏ん張り。
新聞にも載せていただけないかとお願い中です。
そして、DMでのご案内も始めています。ひさぎさんのゆびぬき展のDMを欲しい方がおいででしたら、ご住所を書いてメールくださいね。お送りいたします。DMもなかなか可愛く美しいものに仕上がってます。DMの写真を撮ったのは、製作者であるひさぎさん本人です。版下も全てご自分でつくってます。
皆様のなかで「こんなところに宣伝するのもいい」などというアイデアを御持ちでしたら、これまたメールで御連絡をお願いいたします。
そして何より、来年の作品展の会場には皆様是非御来場ください。
■自分以外は馬鹿の時代 12月2日(火)
私的な事に過ぎませんが、少々気になっていることがあり気持ちがもう一つすっきりしません。
今日新聞の集金に来た人と不況のあれこれについて立話。そして、「学生は高校生も大学生も先輩後輩の悪口、母親は学校の悪口、勤め人は会社の悪口、知識人も政治家も誰かの悪口。悪口を言っていなければ、自分が馬鹿に見られると恐れているように見える」と集金人をしている彼。
自分だけがよくわかっているのだ、自分以外の人間は無知で馬鹿だ、自分以外の人間が悪いのだ、という態度。確かに自分は何らかの専門家として仕事をしていたり、親にはわからない勉強をしていたり、新しい時代の子育てをしていたりする。そして、他者には『私のことはわからない』『私は特別』
ここには高い壁がある。それも自分自身が築いている壁がある。そして、それぞれが壁の中で声高に「馬鹿」と罵り合っているようだ。それぞれは確かにその分野で立派なのだ。しかし、壁の中から声だけが聞こえる。「自分以外は馬鹿だ。みんな世の中をわかっちゃいない」その壁は自分だけを守るために築くものだ。その壁の内部では、自分だけが気持ちがいいことが大切だ。そうでなければ、自分というものが傷つくから。
自分以外は全て馬鹿なのだから、同情することも、共感することもない。自分は時代の不幸を嘆くが、不幸は自分の責任ではない。嘆くことができる自分は利口者なのだ。そういう人は空を見上げ理想を夢見ることはあるが、隣にいる人間の手をとって、同じ時代を生きる者として、互いの弱さを補おうとはしない。隣にいるひとに学ぶこともない。自分は決して間違ってはいない。確かに自分自身の壁の内側ではそうだろう。
私達は一人一人が塔の中で叫ぶ無実の囚人でしかない時代に生きているようだ。そして自分以外は馬鹿で無知。私達の目には社会の全ての問題は外在するもので、まるでTVのドラマのようにしか見えない。本当はその一つ一つの問題の全てに、同時代を生きている自分自身は責任があるのだが。
嘆く前に行動せよ。自戒を込めてそう思う。
また、社会に内在する歴史や矛盾、現象について、本と知識からだけではなく、隣に息づく他者からも学びたいと思う。自己の思い込みを検証しつつ。
なかなかに困難なことだけれど、その一歩は、まず隣の人の声を聞くこと。自分が語ることではなく。たとえ、その声が「沈黙」であるとしても。
■師走の入り 12月1日(月)
師走に入りました。一年もあとひと月。こんな時期に、東京では台風の影響で雨続きです。今年の台風は早くからやってきて、こんな時季はずれにもやってくるというおかしさ。これも、「地球になにかが起こっている」からなのでしょうか。東京では「地震のうわさ」も流れています。
加賀ゆびぬき展の準備も進んでいるようです。店主はお手伝いをしているに過ぎませんが、それでも葉書を書いたり、連絡をとったり、事務的なことだけでもいろいろあります。ひとりで作品展をしている方は大変だなぁ、と妙なところで感心したりしています。<笑>店主はこの「ゆびぬき」に惚れてますので、苦にはなりませんが。>ひさぎさん、気をつかう必要はありませんよ。
ブラザーアートスペースから、ハートキルトミュージアムは年内で閉鎖という御連絡を頂きました。残念です。不況のせいでしょうか。
不況のとき、経済的にしんどいときは、「趣味」はまっさきに削られてしまう家計項目です。企業においても、同様なのかもしれません。パトロンが文化を保護し、それによって文化や工芸の技術が発展した時代もありましたが、現代という時代はそういうものではないでしょうし、ましてや「女の手仕事」は工芸でもアートでもないというのが大方の認識であればなおのこと。
残念ですが、もう一度見ておいて損はない。皆様も御一緒にいかがですか。
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