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■誕生                       3月30日(火)

 友人に待ち望んだ子供が生まれました。<マゴではありません>

 今日お知らせの葉書をいただきました。

こんなサイトから何ですが、

お・め・で・と・う !!

まいちゃん 素敵な女の子になってね!!


■首が回らない・・・                3月30日(火)

 肩こりが次第にひどくなってきたようです。借金はありませんが、首が回りません。
これは「ゆびさきしか動かさないから」です。そして、今日は肩がこわばっていて、回すと痛い・・・
 1年ほど前まで、プールに通っていました。その時には肩こりがあっても、プールで「溺れて」くると、なんだかすっきりしていました。

 店主はカナヅチでしたが、息子が「泳げない」ことをからかったので腹を立てて、「泳げるようになりゃいいんだろーが」とプールに通いました。50のなんとやら。で、本当に最初は水に顔をつけることもママならない状態から、25メートルクロールで泳げるようになりました。
<腹を立てることは、店主にとって、何事かをやるエネルギーになるらしい。

 店主が初めて25メートル泳ぎ切った時は、プールサイドをコーチが歩きながら声援を送ってくれ、ゴールしたときには盛大に拍手してくれました。子供に対するのと同じように。コーチ泣かせの店主でしたが、褒められた嬉しさに、真面目にプールに通ったものです。
  つまり同時におだてにも乗りやすい店主です<笑>

 しかし、そのおだて上手のコーチのいるスイミングスクールは、不況のためか、経営を別の会社に移譲し、ついでに場所も引っ越して、遠くなってしまいました。そのために店主は退会したのですが、最近プールが懐かしい。あのおだて上手のコーチが懐かしい。肩こりも激しい。

 四月になったら、またプールに通おうかなと思案中です。ただ、遠くなったそのプールに通うか、電車に乗って駅からすぐのところに通うか、迷っています。


■土曜日の日記                  3月29日(月)

 土曜日の日記は何が言いたかったのか、イマイチまとまってませんね。ごめんなさい。要するに「面倒くさがったり、周囲に合わせることばかり考えながら、不平を言っていても何も変わらないし、実はそれが最も無責任な行為なのではないか」ということ。発言をしない、ということは、反対はしない、というこであり、。つまりは賛成とみなされる行為であるということ。

 まあ、

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

ということではあるのですが。それでも、なんだかきな臭い昨今、住みにくい世の中を住みやすくするためには、少なくとも流されていてはいけない、と、店主は思います。

 さて、友人のマゴのためのケーキは完成しているのですが、写真をまだ取っていません。写真をとったら、作った記念にアップするつもりです。今日は「加賀ゆびぬき」も一つ完成。


■4月                       3月27日(土)

 もうじき四月。すでに東京では桜が見ごろを迎えています。今日は天気もよく、気温も上りましたから、お花見の名所はずいぶんと賑わっていたようです。店主の家の近所の遊歩道も桜がたくさんあります。散歩してこよう、と思いつつ、他のことで一日が終わってしまいました。

 四月と言えば、学校に行っている子供をもつ母親にとっては「委員決め」というすこぶるおもしろくないイベントが待っています。委員というのは「PTA」や、「地域の子供会」の委員のことです。これは要するにボランティアなのですが、「自主的に」やろうという母親はほとんどいません。なんやかんやの理由をつけて、「やれません」という。そして、その理由の弱いひとが引き受けることになる。どうしても決まらない場合は、くじ引き、なんていうのもあります。

 どうして子供のための社会的な活動を母親はいやがるのでしょうか。

PTAの仕事がどのように子供に繋がるか、わからないから。
一生懸命やっても、悪口をいわれたりするから。
時間をとられるから。
別に子供のためになるとは思えないから

 理由はいろいろあります。

 もし、自分は何もしたくない、活動することを必要であると思えないのなら、PTA活動などやらなくてもいい、と店主は思います。それならば、「PTA」を解散しましょう、と言えばいい。

また、活動することは必要だが、自分達がただで、人の子供のことまで考えるのはあほらしい、というならば<この発言を店主は聞いたことがあります>というのなら、会費から委員に対して、一定の金銭的な支払いをすればいい。

どちらでもいいのです。前例に縛られることも必要がない。必要のない行事はやめればいいのです。「脱ダム宣言」みたいに。やらなければならないというのであれば、できる方法、父親でも母親でも、誰もが参加できる方法を考える。行事は公募の実行委員会制にしてもいい。そのイベントごとに、委員を公募すればいいのです。そして、最終的にはすべての親がなんらかの活動をしていればいい。

 店主はそう思います。

 しかし、皆さんそんな風にはできないわ、とおっしゃる。

「去年と同じことをしないと何言われるかわからないし」「批判されるのはいや、一年がまんすればいいのよ」

 突拍子もない発想かもしれませんが、こういう態度を「無責任」と言うのだ、と思います。そして、このような人のココロの動きが、お互いを縛るのです。

店主はすでに「PTA」などとは無縁になりました。しかし、一番上の娘が幼稚園に入ってから、末っ子が高校を卒業するまでの20年、いわゆる「委員」をしなかったのは、一年だけです。そしてまた、不要と思われるイベントをつぶすために、かなりのエネルギーを使ってきたなぁ、と苦笑します。

何もできない、わけがない。本当にやろうとしないだけ、なんですけどねぇ。

 さて、明日も天気がいいようなら、遊歩道の桜を眺めにいってこようかしらん。


■日記のネタがない               3月26日(金)

 今日は午後から友人のお宅へお邪魔いたしました。友人の家には彼女ひとり。大学生の一人娘が現在オーストラリアへ短期語学研修に出かけているのです。
「でも月曜日には帰って来るから、一人も今日までなのよ」
ということで、羽根をのばしているとか。

 彼女の家にちょっとした「仕事」持参で出かけ、主婦のおしゃべりを楽しみ、多少のストレスを発散し・・・

 帰宅してふと思いました。
「日記のネタがない」

 ま、こんな一日もあるということで<笑>


■予定                       3月24日(水)

 大阪行きの予定が決まりました。4月早々、3日から5日まで、大阪へ行って参ります。これは母の一周忌のためです。妹と二人、お寺に参ってきます。

 店主はブッディストではありません。というよりも無神論支持です。しかし、「世間」の「慣例」を叩きこわすことができるほど、タフではありませんし、また、この「お寺さん参り」が宗教とは別に、いろいろな効用があることは認めるのにやぶさかではありません。それで、大阪の一心寺に両親のお骨を納めたのです。

 自分自身の骨はどうしたいか、と聞かれるなら、できることならば、散骨してほしいものです。お墓などいらない、と思います。人間の体だけが特別であっていいわけがない。自然に土に戻るのが一番いい。海に還るのもいい。そう思います。

 ただ、そうは言っても、店主の子供達がどこかに店主の骨を納めたいと思うならば、それはそれで好きにすればよい、とも思っています。死者は生きている人間のもの。死者よりも、生きている人の思いのほうが大事。そのようにも思います。

 でも、生きている人間のおもいが「死者を利用」してはいけない。特に政治には。


■へそくり                     3月23日(火)

 甥っ子と姪っ子がそれぞれ9月と7月に結婚することになったらしい。お祝い続きでなんだか懐具合が寒くなってきそうな店主です<笑>

 女性は結婚すると自分名義の通帳を持たなくなることが多いそうです。特に店主以上の世代はその傾向が強いのだとか。それは専業主婦の割合とも比例するとも聞きます。確かに、自分が稼いでいないと自分名義の通帳はもちにくいかもしれません。しかし、「へそくり」をしている主婦は多いようです。

 「へそくり」って何でしょう。まあ、主婦が家計費を節約して、自分の自由になるお小遣いをためたもの、といった定義になるのでしょう。それでは「へそくり」の語源をご存知でしょうか。

「へそ」というのは体のへそではありません。これは織物をするために糸を紡ぐ、その糸をつくることに関係しているのです。

 麻から繊維を取り出し、その細い繊維を寄り合わせ、績む。そして、それを繰って環状の形にまき取ったもの、それを「へそ」といいます。「「綜麻(へそ)」と書きます。この作業が「「綜麻(へそ)繰り」です。<麻だけではなく、科布などを作る時にも同様ですし、時代が下っては、絹の糸とりもまた同じように呼ばれました>この作業はなかなか大変なことでした。そして、貨幣経済の発展とともに、織物も作業がそれぞれ分かれて商業化していきますが、そのなかで、「「綜麻繰り」も賃労働になったのです。これは女性の仕事で、時間をやりくりして、末端の農家の女性が励んでいました。そして、その労働の対価は少ない物でしたが女性のものになったのです。通常の農作業の仕事の対価は、女性がどのように働こうとすべて男性のもの、戸主のものでした。しかし、「「綜麻(へそ)繰り」は、女性のものになったのです。女性の少ない収入源でした。それから女性が貯める小銭のことをも「へそくり」と呼ぶようになったということです。

 女性はそのわずかな収入を何に使ったのでしょうか。やはり家族のために使ったことが一番多いのでしょうけれど、時には紅を買ったりもしたことでしょう。へそくり上手は、ほめられたという話もあります。

 結婚する姪っ子や甥っ子のつれあいさんは、へそくりをするのでしょうか。そして、もしへそくりをしたら、何に使うのでしょうか。ひょっとしたら、最近は亭主のほうが小遣いをやりくりして「へそくり」をしているのかも<笑>

 店主はどうかって?
はい、教室をやったりして貯めた店主のへそくりは現在使っているこのパソコンに消えました。しかし、有効な使い道であった、と思います。このパソコン一台で、店主の世界はずいぶんとひろがりましたから。


■ケーキつくり                   3月22日(月)

 友人にマゴが生まれました。3月3日が予定日でしたが、すこし遅れたようです。なにせ香港で生まれたので、てんやわんや。友人は出産の直前から香港へ出かけ、娘の出産につきそっていました。なんとか自然分娩で女の子誕生の知らせをもらったのは、風邪を引く前のこと。

 女の子であることは事前にわかっていましたので、二月に近江八幡に出かけたおりに、友人と会い、そのときにフェルトで作ったパフェを渡しました。本当はケーキも作る予定でしたが、間に合いませんでした。
「生まれたら、今度はケーキも作るから」という約束をそのときにしました。

 で、ケーキをつくらなければならない<笑>

 今日はとりあえず、フェルトをカットしました。これが大変なの。なにせ、ケーキというのはパーツが多いのです。クリームだけで、パーツが70位になります。イチゴとか、クリームの薔薇とか、本体以外のパーツだけで、200以上になる。カットも単純にまるとか四角とかではなく、細かいのです。カットだけで、何時間もかかる。

 とはいえ、うれしいことなので、苦になるということではありません。

 あづさちゃーん、おめでとう!!
 あなたもお母さんになったのですね。あなたが赤ちゃんの時から知っているので、不思議な気がすると同時に、とてもうれしく思っています。

 お約束のケーキ、出来上がり次第に、香港に送ります。楽しみに待っていてください。そしていつかSAWAちゃんが、店主の手作りのパフェやケーキでままごとをしてくれますように。


■ZIPANGU Stage                 3月21日(日)

 先日来てほったらかしになっていた郵便物を整理しました。中にZIPANGU Stageからのものがありました。これは小さな劇団をやっている友人からのもの。

 彼と知り合ったのは松本に暮らしたころのこと。彼はまだ信州大学の学生でした。何故かなじみの喫茶店でポツポツと話をするようになったのです。店主と喫茶店のマスター、そして奥さんとは同い年のよしみ。彼は学生の頃にシベリアを列車で横断し、ヨーロッパをふらついて帰って来ました。彼との気も合って、仲良くしてました。彼以外にも信州大学の学生とは何人か、よくおしゃべりをする仲でした。

 店主が松本からダンナの転勤で去ることになったのは、彼の卒業前のこと。近所の友人も子連れで集まったお別れの夕べには、喫茶店のマスター夫妻はミートボールを持って現れ、無農薬野菜の引き売りをしていたやおやさんも、そして、信州大学の学生も二三人、来てくれました。ほとんど徹夜でギターを抱えて、歌い、食べ、飲み<これは店主は除外ですが>の素敵な思い出。

 引っ越しの当日、彼はバイクで現れ、手伝ってくれるというのです。子供たちのことが一番手がかかっていました。彼には末っ子のチビがなついてました。で、思わず「この子、面倒見てて」と預けちゃいました。今思うと、大学生ですから、20歳前後の男の子がよく何時間も子供の面倒をみてくれたもの。でも、チビは泣きもせず、彼に遊んでもらってました。彼がよほど好きだったんでしょうね。チビ3歳のころ。

 その彼は卒業後一旦IT関連の会社に就職するのですが、その後もいろいろあり、結局好きだった演劇を続けます。現在は小さいとはいえ、劇団を一つ主宰し、NHK等でも脚本も手がけているようです。

 その彼の主宰する劇団ZIPANGU Stageの春の公演の案内でした。

 彼の芝居は笑えます。それは保証します。それも笑えて元気が出る芝居。

機会がありましたら、見に行ってください。

彼の劇団のURLは

http://members.jcom.home.ne.jp/zipangustage/

なんだか、昨日から友人の宣伝ばかりしている店主です。


■日記おとしてます                 3月20日(土)

 風邪からは復活したはずなのですが、日記を落としてます。<苦笑>

 確かにひどい風邪引きの状態からは脱したのですが、体はまだ本調子ではありません。トシだなぁ、と思いますが、しかたがありません。で、とりあえず、目の前にあることしかやらない。そして日記は落ちる、ということです<笑>ごめんなさい。

 18日には、ひさしぶりに「講習」をしました。キルトの講習です。これは以前にやっていた教室の生徒さんが「転勤がなかったので、このさい是非資格をとってしまいたい」とおっしゃってこられ、彼女一人なのですが、さしあたり再開したものです。

 いゃ、ひさしぶりにハンドキルトをしましたが、腕が落ちている。いささか恥ずかしかったです。これはまた、例によって、「練習」しないと、人様に『教える』などというおこがましいことはできませんね。店主の「練習」はホワイトキルトのクッション一個です。以前は頑張ってやれば、一日でキルティングはできましたが、このところはそれほど根をつめると、目がやられます。ということで、ホワイトキルトのクッションをハンドキルトするという予定が入りました。しかし、いつできるかしらん。

 昨日は友人が自分の店を持つ事になりましたので、そのお祝の花を贈るために花屋にいきました。すると、「お彼岸でなかなかモノがない」と言われました。まあ、友人の希望で「花」ではなく、「観葉植物の鉢物」にすることにしたのですが。確かにお彼岸なのですが、花屋もそういうイベントに合わせて、品物を変えてしまうのですね。結局花キューピッドで、友人の店の近くの花屋さんで、観葉植物をおいてあるお店を探してもらい、なんとか送ることができました。

友人の店は国分寺にあります。

http://members.jcom.home.ne.jp/radi-kitch/index.html

ラヂオキッチンという名前。お近くのかたは一度いってやってくださいね。

 その後、久しぶりに遊歩道を歩きました。遊歩道には、さくらの木がたくさんあるのですが、ソメイヨシノにも花がちらほら咲いていました。ヒガンザクラはすでに満開。あわてて、店主の大好きな辛夷の大木を見にいきました。やはり満開でした。
  この辛夷の木は、高さが8mくらいはあるとおもうのですが、幅も同じくらいあります。とても大きい。かつて「♪このー木、何の木、気になる木」というCMに大木が使われていましたが、ちょうどそんな感じの樹形です。その大木が、白い花を満開につけると、それは美しいのです。店主は辛夷や木蓮といった白い花が好きなのです。これらは総称して「マグノリア」と呼ばれますが、春のさくらの前の花として、春の使者のようです。

 さて、帰宅して妹と電話で話をしました。これは母の一周忌のことです。早いモノで、四月には一周忌を迎えることになります。以前から、これは妹と二人で、大阪のお寺に行く予定でした。いつ行くか、という話だったのですが、生きているものの都合に合わせて、ということになりました。もうすぐ予定がはっきりするでしょう。

 3月19日は友人のお母様の命日でもありました。すでにどこに引っ越したかわからない友人ですが、お母様に対する気持ちが強い人であったので、覚えているのです。「もうさくらは嫌い」と言ってましたっけ。


■復活初日の仕事                 3月17日(水)

 今日は朝のはよから出かけました。友人と新宿で待ち合わせしたのが9時15分。そして、中年のおばはんふたりは、徹夜明けのホストのおにーちゃんやお化粧崩れしたおねーちゃんのぼーっと歩いている歌舞伎町方面へ。とある場所で、黙って一枚の低額紙幣を出すと、地下の階段を降りて行った・・・

 いや、別に何をしにいったというわけではありません。今日は東京では「レディスデー」で、女性なら映画は1000円。というわけで、話題の「ロードオブザリング」指輪物語を見に出かけたのでした。時間的に三時間半はかかるので、朝一番の約束をしていたのです。風邪のためにキャンセルも覚悟していたのですが、エルフの緑の葉が効いたのか・・・出かけることができました。<笑>

 店主の中学生の頃、SFが日本に紹介されるようになりました。福島正則名編集長がSFマガジンを早川書房から創刊していました。当時は、いわゆるSFとファンタジーものの区別はありませんでした。「コナン・ザ・グレート」も「火星年代記」もSFと呼ばれていました。店主は何でもかまわない読書好きでしたが、こういったSFものも大好きでした。それはまるで神話や伝説の延長のようでした・・・それらは、今ではファンタジーものと呼ばれています。そして、トールキンの名作「指輪物語」もファンタジーのカテゴリーに入れられているようです。

 「指輪物語」「ゆきてかえりし物語」「シルマリルの歌」トールキンのこういったファンタジーを読んだのはかなり前のことです。長かったけれど、人間・人間でない生き物、それぞれにきちんと「物語」があり、印象的でした。

 映画という「時間的に制約される表現」の流れの中では、なかなかすべてを物語ることは難しい。そして、読書という個々のアタマに画がかれるイメージは千差万別で、それを映画のイメージとは違うというのは、勝手な話にすぎません。承知していても、「指輪物語」の映画の第一部は少し幻滅しました。自分の持っているイメージと違いがありすぎたからです。

 しかし、第二部の映画も見、今回の第三部となると、これはすでに「映画のイメージ」が固まっていて、あまり無理なく見る事ができました。むしろ、CGの技術の進歩のおかげで、想像以上のイメージを見ることができたというべきでしょう。

 いろいろな悪の生き物のイメージなどもそうですが、今回は「ミナス・ティリス」の都市が素晴らしいCGでした。

 アカデミー賞は伊達ではない。

 しかし、CGという技法があることをすでに知ってしまっていると、なかなかその「画」には感動できなくなります。

・・・・やっぱり、店主には「本」から勝手に自分のイメージを作っていくほうが向いているような気がします。

 あ、しかし、レゴラスもアラゴルンもとってもハンサムでした。これについては以後本を読む時にも、あの顔を思い浮かべることに異論はありません<笑>


■風邪から復活しました             3月16日(火)

 ご心配をおかけしましたが、何とか風邪から復活いたしました。とはいえ、できればもうちょい時間が欲しいところです。
 今回の風邪は高熱が続き、咳に悩まされました。熱が高いと何もできず、寝てばかり。 しかし、体のあちこちが痛くて、あっちむいたり、こっちむいたりして、そのうちに寝られなくなって起き出してふうふう言っているという状態でした。

 完全に熱が下がったな、と感じたのが今朝のこと。よっしゃ、というわけで、待望のお風呂に入りました。例により長風呂です。かかってきた電話もお風呂で取り、声が響くのか「どこで電話してるんです?」と聞かれて素直に「お風呂」と言ったら、笑われました。「のぼせないようにね」と言われましたが、店主はいつもお風呂は長い。読書タイムでもありますからね。今日持って入っていたのは、白州正子さんの「日本のたくみ」という文庫本。

 午前中はお風呂で潰れ、メールの返事やら、手紙の返事を書いていたら、すでに三時。ありゃりゃ。

 約五日間寝込んだ間に溜まってしまったあれこれを片付けるにはもう少し時間がかかりそうです。心配してくださった友人の皆様、ありがとうございました。ぼちぼちやりますので、よろしく。


■風邪更新中                   3月14日(日)

 昨夜は解熱剤を飲んだにも関わらず、38度から熱が下がりませんでした。今朝は37度台に落ち着いていますが、頭痛と、体の痛みがとれません。

 ということで、もう少し日記はお休みです。


■風邪引き                     3月11日(木)

 昨日からちょっと体調がおかしいなとは思ってましたが、しっかり風邪をひきました。熱はたいしたことはありませんが、体中が痛い。そして、咳になやまされています。体が横になっても縦になっても痛いのは、困ります。パソコンのキーを叩いている最中に、ずきん、と小指が痛んだりする。

 ということで、しばらく店主日記も更新はお休みです。


■小物つくり                    3月10日(水)

 9日はリサイクルの布の箱を作りました。これは四月からの教室の材料でもあります。しかし、簡単なので、サイトに作り方をアップすることにしました。

で、写真撮りをしながらの製作。写真に撮ったり、サイト用の小細工をしたりするのに、思いのほか時間がかかりました。でも何とかできましたので、どうぞ情報いろいろのページから覗いてください。そのうちに修正もするかもしれません。

 今日はお出掛けの予定ですが、ちょっと娘の風邪が移ったかしらん、と思う店主です。


■ 風邪                      3月9日(火)

 下の娘が風邪を引いたか、どこかで季節遅れのインフルエンザをもらったか<鳥インフルエンザではありませんよ>、40度の熱を出しています。もう20歳を超えた娘ですが、こういうときは、どうも甘ったれになります。

 やれ、イチゴミルク飲みたいだの、疲れただの、熱いだの、言っております。まあ、こんなときしか、甘えてくるわけではありませんので、ついつい何でも言う事を聞いてやってしまいます。小さい時とおんなじように。

こんな時しか甘えてはきませんので、ちょっと子供をかまえて、嬉しかったりします<笑>

 しかし、明日は熱が下がるといいんですけど。


■時々                    3月7日(日)

 昨日は「伝統」と「オリジナル」について、つらつらと考えていました。日記に書こうと思っていたのですが、いざ文章にしようとしたら、まとまらなくなり、UPするのをやめました。店主なりの結論だけを書いてしまえば、「伝統とはオリジナルのエッセンス」とでも言えばいいのでしょうか。これについては、まとまったらUPいたしましょう。

 4月からの教室でなにをするか、まだ考えあぐねています。一応は一番最初は2時間である程度完成をみるものにしようと思ってはいます。候補は、ファンデーション・キルトの節句カード、ピンクッション、お菓子箱を利用した布箱、などでしょうか。今週中にはチラシも用意しなければなりませんので、あまり時間はありません。うーん、何にしようかしらん。

 こういうときは、いろいろな事がアタマのなかをぐるぐるしています。いらんことまで、ぐるぐるします。過去のこともいろいろと。

 かなり以前のことですが、「日照権」のことで、住んでいたマンション住人が新規に隣に建設される賃貸マンションに対して、争ったことがあります。

確かにそのマンションが建設されれば、自分達のマンションの日当たりは非常に悪くなるのです。ある日、住人の集会があり、「新規のマンションに対してどうするか」という話し合いが持たれました。すると、ある女性が「反対しましょう」というのです。
そして、住民のみなさんが「そうだ、そうだ、反対しよう」と叫び、その住民集会は終わろうとしました。

 店主は当時そのマンションの住民ではありましたが、他の方のように「所有者」ではなく、単に「社宅」として借りていただけですので、口出しをするつもりはありませんでしたが、あまりにも何も考えないので、つい発言しました。

「あの、反対するのはいいんですが、どうするんですか?反対っ!!と叫ぶだけですか?叫んでいるだけなら、マンションたっちゃいますよ」

しーん。

「このマンションの道路側に垂れ幕でも下げますか?周辺のお宅に反対のビラまきしますか?それとも裁判でもおこすんですか?」

すると、最初に発言した女性が「○○さん、素晴らしい!!これから中心になってください!!××さんのためにみんなでちからを合わせて反対しましょう」

なんじゃ、そりゃ。店主はいついなくなるかわからない「転勤族」。マンションの所有者でもない。対するあなた方は真実「当事者」でしょうが。確かに××さんのお宅は比較して日照がものすごく少なくなることはわかっていますが、そして、そのことは同情に値することではありますが、なにを振っているんだろう、この人。

しかし、おかげで、店主はそれから約一年、この「日照権」問題の中心になってしまうのです。あの、一言をいわなければよかった。

結果としては、和解という形で結論したのですが、きちんと弁護士をたて、裁判記録を調べ、法律も調べ、日照計算もし、交渉を20回ほどはしたと思います。相手方マンションの最上階北側の屋根部分を透明素材にし、全体で数十センチ低くなり、日照に関しては、10%以上回復し、和解金として約800万を獲得しました。

弁護士さんにお願いに行ったのも、調べ物をしたのも、相手方との交渉の問題点を毎回書き出して報告したのも店主。

地方裁判所の小部屋でのすべての交渉に店主は行っています。しかし、そのほかの住民はまず来なかったのです。一番腹が立ったのは、交渉も大詰めになってきて「今日は住民の方が一人でも多いほうがいい」ということになったときに、一軒ごとにお誘いしにいきましたら、「あら、きょうはお稽古なのよ」「小さい子がいるもので」とすべて断られたこと。店主も当時一番下の子供は幼稚園の年中さん。友人のお母様に預けて、裁判所へ通っていたのです。自分のお稽古事などはおろか、子供のお稽古事の送り迎えも、友人に頼んでのこと。おまけに先にも言いましたが、「店主は本当は当事者ではない」のに。

最終的に和解成立し、住民集会を開いて報告したとき、例の「反対しましょう」発言の女性が立って言いました。「○○さんには大変お世話になりました。皆さん拍手で御礼の気持ちを表しましょう。また、和解金の中から、○○さんには経費として3万円お支払いするようにしたいと思います。御礼として別に2万円ではいかがでしょう」パチパチパチ・・・・

何じゃ、そりゃ。交通費だけかい。私が友人達に持って行ったお菓子代や、御礼を引けば5万なんて赤字になるわい。何が御礼じゃ。私の使った「時間」は「時給ゼロ円」以下ですか。おかあさんの帰りが遅くなるのをじっと待っていた子供達の事も、裁判所に行くためにあわただしく片付けた家事のあれこれも、何も考えてないな。800万円貰ったから、誰の懐が傷むわけでもないのに、5万円。ちなみに弁護士さは2割の160万を謝礼、経費は別にとられました。

自分達の問題にも関わらず、交渉に出てこなかった30軒の住人たち。そして、自分の住まいに関しては、日照に関する「慰謝料」対象にならない、とわかったとたんに、無関心になった住人達。その人達を代表して交渉に行ったから、こういう形で「御礼」を頂くことになったのですね。

店主はまだそのマンションに住んでいましたから、「あの人は強欲だ」などと言われると子供達がかわいそうなので黙ってましたが、以後、人の良いにもいい加減にしよう、と思いました。また、「わからない人間には、わからない」事もよくわかりました。

以後、いわゆる「住民運動」は胡散臭くて近づいていません。


■遊歩道で                  3月4日(木)

 4月から始める教室で、何をするか迷っています。これから募集をするので、こちらが提案すればいいのですが、「是非いきたい」とおっしゃっておられる方がお一人脳梗塞のリハビリ中とお聞きしています。どの程度の障害をお持ちなのか、細かいことができるかしら、等、考えるとひと月に一度という回数では、キルトの基礎からやることは難しい。
また、材料についても、できるだけ家庭に眠っている布や糸、ボタンなどを使いたいと思っているのです。古着なども生かしたいと。

 迷っている時は、ぶらぶら歩くのも気分転換によいもの。午後少し曇ってきたなとは思いましたが、遊歩道まで出ました。

 歩いていると農家の方が畑でなにやらお仕事中。それが、グレーの塩ビの土管のようなものを輪切りにしたものを土に埋めているように見えるのです。畑の中にグレーの輪が規則ただしく並んでいます。思わず「それはなんでしょうか?」と訊ねました。すると「どうぞ見てください」とのご返事。

 近くに寄って見ると、グレーの土管の輪切りと見えたものは、紙製のポットでした。「これの中にブルーベリーの苗を植えるのです。ブルーベリーは、根が張る植物で、直接畑に植えて育てると、植え代える時に植え替えができません。ですから、紙のポッドに入れて植えます。紙は水を通しますので、成長には問題はありません。三年経てば、紙のポッドごと抜いて、再び苗として、今度はきちんと植え替えるのです。」というお話でした。

 ブルーベリーの苗はまだ小さく細く頼りなげです。三年経てばもう少し大きくなり、あの深い青の実をつけるようになるとか。そこできちんとした畑に植え替えて、今度はしっかりと根を張らせて、収穫を待つのだそうです。こちらの農家では、「苗としてのブルーペリー」を育てて出荷するのがお仕事。「実を収穫することはないんですが、少し大きくなってわずかでも実がつくと、収穫したくなりますね」と笑っておられました。

 遊歩道を帰る途中で、曇り空から雪が降ってきました。春の淡雪、などと思っていたら、風は強くなり、気温が一気に下がりました。ぶるぶると震えながら傘をさそうとしたのですが、強風に傘が壊れてしまいました。

 結局傘はささずに大急ぎで帰宅して、ストーブつけてあたたまりながら、日記を書いています。さて、迷っている「教室の課題」は何にいたしましょう。


■チャレンジ・ショップ            3月3日(水)

 今日は桃の節句。店主には娘が二人いるのですが、すでに成人しています。雛人形を出すには、畳一枚分のスペースをどこかに確保しなければならない。それを理由に雛人形を出さなくなって二三年経ちます。それでもどこかに何かが欲しいと、玄関に小さな砥部焼きの御雛様。

 さて、ご近所にチャレンジ・ショップなるものがオープンしました。これは町に空き店舗が増え、それを埋めるべく、市の商工会が家賃補助をして新たに店を出したい人を応援し、かつ、その人達に経営も教えて一年程度で独立してもらい、空き店舗を減らそうという試みです。どのような店がオープンするのか、楽しみにしておりました。

 今日早速に出かけて見ましたら、二軒の内一軒が「主婦の手作り品販売」の店、もう一つは「子供を持つ人が欲しいと思うような雑貨の店」で、どちらも主婦の方が始められたようです。主婦の手作り品とはいえ、裂き織りの洋服、陶器、古布使用のアクセサリー、木を利用したアクセサリーなど、結構いいモノ。そして、お値段も結構いいものでした。子供を意識した店の方は、バッグやアクセサリー、子供の肌着、洋服、ちょっとした小物を置いていました。

 どうなんでしょう。主婦の手作り品というのは、材料費がどうしても高くなります。昨日の日記の百円ショップのようにはいきません。裂き織りのブラウスだと3万台。ご近所で買うものとしては、少し高価に感じますが、売れるのでしょうか。

 ご商売というのは、なかなかに難しいもの。損益分岐点の計算をしていても、思うようには行きません。そこにリスクもおもしろさもあります。今回のような形で、商売を覚えることができれば、ありがたいこと。

 キルトの店では商売としては成り立たないような気がします。食品関係は出店できない決まりです。そうすると何があるでしょうか。やはりギフト系でしょうか。フム。

売れなければ、赤字です。それを覚悟できるかどうか。そこらあたりが鍵になりそうです。来年は、店主も何か企画をあげてみようかしらん。


■弥生の探検                3月2日(火)

 弥生三月となりました。春と言えども、まだまだ寒い日のある季節です。しかし、店主が大好きな季節です。

 今日は少々用事があって友人と会いました。用事を済ませて、二人とも時間に余裕がありました。

「何処かいく?」
「うーん、特にはねえ」
「百円ショップがあるけど、入ってみる?」
「そうね、入った事ないから」
というわけで、おばさん探検隊は、近くにあった百円ショップへいざ突入。

 これがびっくりでした。百円ショップに入ったことがないわけではありませんが、そんなにしょっちゅう行くわけではない店主。また、友人はほとんど初体験状態。そして、入った店は二階にも商品をずらりと並べた大きな店舗です。

 品物は6万点に及ぶそうです。そして、おばさん探検隊二名は、
「えーっ、これも百円?!」を連発しながら、隅から隅まで確認してまわりました。

 百円ショップの品物は、安かろう、悪かろうの品物だと、決めつけておりましたが、今回そうでもないことを発見。また、書籍などもあり、驚きました。こんなことで、いまさら驚いていてどーする!!とは思うのですが。

 桐の木で作られた手箱。合皮製の化粧ポーチ。ちょっとしたバッグ。結構大きな縫いぐるみ。45センチクッション。パーティグッズ。折りたたみの傘。ビニール傘ではない普通の傘。化粧品各種。お人形のついたパジャマ袋。

 すべて百円。ちゃんと作れば労力はおろか、材料費もでないだろうと思われるような品物です。

 これらの品物を百円で私達が手に入れることができる背景には、中国などのアジア各国の労働力・材料費の安価さがあります。それは、国家間の経済格差です。私達は、安いからとこれらの品物を買い、アジアの労働力を買い叩いているということはないのでしょうか。また、以前にも思ったことですが、「安価であること」を求めることで、自分達の仕事ができない環境をつくりつつあるのではないでしょうか。

 ギモンに思いつつ、店主が買って来たのは一冊の本。種田山頭火の句集です。

  「窓開けて窓一杯の春」

 それでも、手軽に山頭火を読むことができるのは嬉しいのでした。